《19》 戦争
「死んだって……いつ?」
「14年前……まだ心葵は1歳だった」
高校入学を控えた心葵は、春から始まる高校生活に期待をしていた。
新たな友達を作り、面白おかしく高校生活を送る。そして3年という短い時間の中で、自分はどのように成長するのか。かつて小学校、中学校に入学する時よりも、遥かに大きい期待だった。
しかし父親の真相を聞かされた今、春色だった心葵の心は氷河期並に冷たくなった。
「お父さんは世界を飛び回る戦場カメラマンだった。その業界の人に聞けば、大抵の人は知ってるくらい凄いカメラマンだったの。けど、心葵が2歳の誕生日を迎える1週間前……向かった戦地でお父さんは死んだ」
子供の頃から母親が言っていた「海外での仕事」というのは、戦地のリアルを撮影する戦場カメラマンだった。
仮に父親が生きていたとすれば、母親の発言は全て真実だった。しかし父親は既に死んでいる。心葵が真実だと思い込んでいたのは、母親によって偽造された嘘だった。
「お父さんのお墓は日本にあるけど、その下に遺体はない。戦地の人に回収されて、そのまま焼却されたの」
当時、心葵の父親と共に戦地に赴いていた、1人の若い男性カメラマンがいた。男性カメラマンは心葵の父親と仲が良く、戦地でも常に行動を共にしていた。
ある日、2人が撮影をしている場所の近くの村が空襲に遭った。落とされた爆弾は全部で2つ。2人はすぐにその村に向かい、撮影そっちのけで村人の救助を行っていた。
しかし救助の最中、追い討ちをかけるように3つ目の爆弾が投下された。男性カメラマンは奇跡的に軽傷で済んだのだが、心葵の父親は爆発に巻き込まれ即死だった。
心葵の父親の亡骸は醜怪としか言えず、男性カメラマンは思わず目を背けた。その後男性カメラマンは心葵の父親の供養を現地の人間に任せ、自身は逃げるように日本へと帰った。
帰国した男性カメラマンは心葵の母親に会い、戦地で起こったこと全てを話した。男性カメラマンは心葵の父親を連れて帰れなかったことを謝罪し、罪滅ぼしとして心葵の父親の墓を建てた。
「……お母さん、戦争ってどうすれば終わるの?」
「……終わらない。どこかの戦争が終われば、またどこかで戦争が起こる。人はそんなに賢くないから、気付けば戦争を続けてるの」
母親の無情な回答を聞き、心葵の心はさらに荒んだ。
「……今まで、戦争なんて私には無縁だって思ってた。なのに……!」
この時、心葵の中に戦争に対する怒りが芽生えた。しかしこの怒りを晴らせるはずもなく、どうしようもできない自分に苛立ちながら頭を抱えた。
「……ごめん、ちょっと出てくる……」
「……あまり遅くならないようにね」
心葵は少しでも頭を冷やすべく、一旦家の外に出た。
目的地も決めず、ただ歩く心葵。時折寒さに震えながらも、心葵は歩くことをやめない。
歩き続けて約20分。ここに来てようやく心葵は足を止めた。
(ナイフ……?)
偶然視界に映りこんだオレンジ色の輝き。鬱屈とした心葵だが、その正体を知るべく輝きに歩み寄った。
その輝きの正体は橙のアクセサリー。木の根元に置かれたアクセサリーは、まるで求めているかのように心葵の心を惹き付けた。
そして数時間後、プロキシー及びメラーフと出会い、神に等しい力の存在を知った。
◇◇◇
「私は戦争を許さない……お父さんを殺した戦争を! 絶対に終わらせてやる!」
自らが戦う理由を再確認した心葵は、この状況を打開すべくアクセサリーを変化させた。
「変身!」
オレンジ色の光に包まれた心葵は、戦うための姿へと変身した。
理央は心葵の肩を狙って発砲。しかし心葵は瞬間移動で回避。
舞那と理央を翻弄するように、心葵は瞬間移動を連続で使用。高速移動ではないため目では追うことができず、舞那はいつ来るか分からない攻撃に備えて盾を構えた。
理央は何度か瞬間移動直後の心葵を捉えたが、引き金を引くよりも速く消えるため理央は苛ついた。
「はあっ!」
理央の真横に瞬間移動した心葵は、理央の側頭部を狙いナイフを突き立てた。
しかし心葵の攻撃に気が付いた理央は寸前で右腕を出し、ナイフを腕に刺させる形で防御した。
「いっ! うあああ!」
理央は激痛に顔を歪めながら、心葵の腕をを掴むために左手を伸ばした。
しかし掴む瞬間に心葵は能力を使用し、理央の左側へと移動。背中から理央の心臓を突くため、心葵は再びナイフを構えた。
「っ!」
「させない!」
心葵のナイフと理央の間に入った舞那は、左手に装備した盾で心葵の攻撃を防いだ。
「邪魔をするな!」
「嫌だ!」
ナイフを盾から離し、身体を捻らせて回し蹴りを披露した心葵。対する舞那は盾で回し蹴りを受け、攻撃が当たると同時に能力を発動した。
青の能力の影響を受けた心葵は急激に疲労を感じ、目眩と頭痛によりバランスを崩した。
「できれば私は風見さんを殺したくない……けどこれ以上戦うのなら、風見さんを殺さない保証は無い」
(確かにこれ以上は戦える気がしない……癪だけど、今日は逃げる!)
心葵は能力を使用し逃走。
暫く経っても攻撃が来なかったため、舞那と理央は緊張と共に変身を解いた。
「っ! やば……変身解いたら痛みが……!」
変身中は、ある程度のダメージは軽減される。しかしあくまでも変身中のみの軽減であるため、変身を解除すれば軽減されていない痛みを味わうことになる。
変身中の理央は、刺傷を「結構痛い」程度に感じていた。しかし変身を解除した直後に理央は、ナイフで刺された本来の痛みを受けている。
「理央! 待ってて、すぐ救急車呼ぶから!」
膝をつき、患部を押さえる理央。患部からは夥しい量の血が流れ落ち、舗装された道路に血の水溜まりを作る。
舞那は救急車を呼び、救急車が来るまでの間ハンカチで患部を縛っていた。
◇◇◇
離脱した心葵は、幾度か能力を使用した後に体力が限界を迎えた。
なんとか人のいない公園にまで移動できた心葵だが、ベンチにまで歩いていた途中で膝をついた。そしてそのまま倒れ込み、自動的に変身は解除されてしまった。
プレイヤーは能力を使用する際、個人差はあるが体力を消費している。1度や2度の使用では、戦闘には支障がない程度の消費で済むが、連続で複数回能力を使用すればそれなりに消費してしまう。
現在の心葵は青の能力を受けた挙句、自身の能力を連続で使用したため、最早立つ力さえ残っていない。
(やば……家帰れるかな……)
現在の心葵は立つ力さえ無い。つまり、ある程度体力が回復するまで帰宅することができない。一刻も早く帰りたいと思っているが、自宅までの残り約100mを移動できる自信が無い。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
公園のすぐ隣を歩いていた少女が、心葵のところへ駆け寄ってきた。
「大丈夫じゃない……正直喋るのさえ辛い」
「先輩……まさか怪物に負けたんですか?」
「負けてない……けど、プレイヤーから逃げてきた。それより千夏、いいところに来てくれた」
この少女は
心葵は目が隠れるほどの前髪を下ろしており、千夏は前髪を上げている。さらに心葵は貧乳であるが、千夏は舞那と同等の巨乳の持ち主。このように、外見は所々心葵と千夏は正反対である。
「当然です。何せ私と先輩は、運命の赤い糸で結ばれてるんですから」
「……そうだね。悪いけど飲み物買ってきてくれない? できれば炭酸以外で」
「分かりました! 行ってきます!」
千夏は公園の近くある自動販売機まで走り、心葵用と自分用のペットボトル飲料を購入した。
2本のペットボトルを抱え、千夏は心葵の待つ公園にまで引き返すため振り返った。
「っ?」
振り返った千夏は、自身のすぐ近くで金属ようなの音が聞こえた気がした。
この一帯は住宅街であるため、少々の物音は常時鳴っているようなものではある。しかしその音は普通の音とは違い、千夏の脳内に直接響いたような感覚だった。
千夏は音の正体が気になり、立ち止まって周囲を見回した。
(あ……あれって……!)
すぐ横に、千夏と同じ位の高さのブロック塀がある。
そのブロック塀の上に、以前龍華が持っていたものと同じアクセサリーが置かれている。
心葵からアクセサリーやプロキシーについての話を聞いていた千夏は、迷うことなく紫のアクセサリーを拾った。
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