《18》 瞬間移動
「橙の能力は瞬間移動。紛れもなく戦闘向けの能力だけど、あんたを殺すために戦闘向けじゃない演技をしてた」
心葵は舞那の首元にナイフの刃を突き付け、自らが演じていた嘘を告白した。
橙のプレイヤーが持つ能力は瞬間移動。好きなタイミングで何の予備動作も無く使用できるため、プロキシーだけでなくプレイヤー相手にも有効。
しかし基本的な移動範囲は現在地から半径30m以内。30mより外の場所にも移動できるが、条件として「自身が1度以上訪れ、正確な位置を把握している場合」に限られる。
それでも瞬間移動は戦闘において十分な武器となり得るため、制約など気にすることなく能力を使用している。
「私にはどうしても叶えたい願いがある。だからさ……私のために死んでくれない?」
舞那の了承を得る前にナイフを動かす心葵。
このままでは確実に殺されてしまう。そう考えた舞那は、なんとかこの場を乗り切るため口を開いた。
「今私を退場させるのはいい考えとは言えない。それでも本当に私を殺すの?」
「……どういうこと?」
刃が舞那の皮膚に当たる寸前で心葵は手を止め、ひとまず舞那の発言の意味を尋ねた。
「私の家には、あなたを含めた全プレイヤーの情報が記載されたリストがある。私を仲間にすれば、そのリストが手に入る。そうなれば当然、あなたが生き残る可能性は高くなる」
龍華から譲り受けたリストの存在を明かした舞那。
実際には全プレイヤーではないが、この場を乗り切るため多少話を盛った。
しかし龍華のリストは現時点での出来栄えでも、複数人の個人情報が載った極めて危険なものである。もしも全プレイヤーがその存在をしれば、自身の情報の漏洩を防ぐため死に物狂いで奪いに来るだろう。
「嘘ね。所詮、急場凌ぎのためのハッタリに過ぎ」
「風見心葵、だよね」
「っ! なんで……!」
心葵はリストの存在を否定した。
なぜならば、全プレイヤーの情報を収集するのはほぼ不可能であることを理解しているためである。
しかし舞那は心葵の否定を遮り、リストが実在することを理解させるため心葵の名前を口にした。
舞那と心葵は学校が違っており、完全に初対面である。さらに心葵は一度も名乗っていないため、舞那が心葵の名を口にすることはありえない。
名前を口にしただけで、心葵はリストの存在を否定しきれなくなった。
「言ったでしょ? あなたを含めた全プレイヤーの情報が記載されてるって。名前も当然書いてある」
言ってしまえば、舞那はリストに記載がある全てのプレイヤーの情報を握っていることになる。
しかし舞那は現時点、心葵の名前しか把握していないため、これ以上詮索されると立場は危うくなる。
「信じたくないけど、本当みたいね。とりあえず今は殺さないでおく。ただ、そのリストを貰い次第、私はあんたを殺す」
心葵は舞那の拘束を解いた。
しかしその直後、さながら予告ホームランをする野球選手のように、心葵はナイフの先端を舞那に向けた。
「そこまで。そこの橙のプレイヤー、変身を解除しなさい」
「理央!」
変身状態の理央が突如現れ、銃口を心葵に向け変身解除を促した。
心葵は理央を敵と判断し、背後から殺すため瞬間移動で理央の後ろに回り込んだ。
しかし瞬間移動した直後、心葵の目の前にはなぜか銃口があった。
瞬間移動は制約こそあるものの、移動場所の誤差はない。故に敵の背後に回り込もうとすれば、相手に悟られることなく確実に背後に移動できる。
今回の瞬間移動も正確。1ミリの狂いもなく移動できた。本来ならば理央は背後の心葵に気付くことは無い。
「っ!?」
「もう一度言う。変身を解除しなさい。無駄な足掻きはしないことね」
理央は平然と銃口を向ける。
対する心葵は、恐らくプレイヤーになって以降最も強い焦りを抱いている。
瞬間移動が通じない。
相手の持つ武器は相性の悪い銃。
そして何よりも、精神を蝕まれるかのような感覚に陥る理央からの強い殺意。
心葵は戦意を喪失し、言われるがまま変身を解除した。
「いい子ね。あなた名前は?」
「風見……心葵」
「心葵……いい名前ね。ねえ心葵、あなたは何のために戦ってるの?」
幼い子供と話すかのように、理央は心葵に問いかけた。
何のために戦うのか。そう問われた心葵の脳内に、漠然とした父の姿がイメージされた。
「……戦争を終わらせる。戦争が起きない世界に作り変える。そのために私は生き残って、神に等しい力を得る」
心葵の戦う理由は、理央と舞那の予想を遥かに上回るスケールの大きさだった。
◇◇◇
「ねぇ、なんで心葵にはお父さんがいないの?」
5歳の心葵にとって、それが唯一の疑問だった。
家はごく一般的な一軒家。
それなりに裕福な家庭に生まれ、欲しいものがあれば大抵のものは手に入った。
学校外での勉強を強要させられる訳でもなく、基本的に自由な人生を送ってきた。
しかし心葵には、父親がいなかった。
「お父さんは、外国でお仕事をしてるの。日本に帰ることはないけど、すごく立派なの」
何度父のことを尋ねても、母親は決まってそう答えた。
幼い心葵には、母親の答えが子供騙しの嘘だということに気付かなかった。
時は流れ、心葵は成長し、脳がある程度発達した頃、母親は心葵に真実を打ち明けた。
「お父さん、外国でお仕事してるって言ってたでしょ? あれ……本当は嘘なの」
幾度も母親は真実を伝えようとした。
その度に、何も知らない心葵に真実を伝えることが怖くなった。そして結局何も言えず、その結果無駄に時間がかかってしまった。
「お父さんは……死んだの」
「え……」
父親の死を知った時、心葵は15歳になっていた。
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