《16》 リスト

「はああ!」


 濁った緑色のプロキシーと戦闘中の舞那は、相手の攻撃を全て盾で防いだ。

 戦闘中に舞那は青の能力を使用し、能力の影響を受けたプロキシーは疲労のあまり膝をつく。

 動きが鈍くなったことにより生まれる隙を逃さず、舞那は右手に青い光を集約。プロキシーの顎の下からアッパーを直撃させた。

 攻撃を受けたプロキシーは首がちぎれ、顎が砕かれた頭部は宙に舞った。

 首が取れたプロキシーは死亡。砂へと変化した。


「ふぅ……さて、帰ろ」


 変身を解除した舞那は、気だるそうにその場から離れた。

 振り返るとそこには雪希が立っていた。

 雪希も舞那と同じ反応を受けてやって来たのだが、距離が離れていたため到着が遅れた。


「ちょっとは慣れた?」

「廣瀬さん……ううん、まだ全然。被害者の残骸見る度に気分悪くなるし、プロキシーと戦う時も怖い。それに……」

「……それに?」


 舞那がアクセサリーを手に入れ、龍華との戦闘で本格的にプレイヤーとして活動を始めてから2週間。

 夏休みに入ったものの、プレイヤー達は戦闘の日々を過ごしている。無論、舞那もその1人だ。

 ここ数日で舞那はプロキシーとの遭遇、及び仲間のプレイヤー同士の特訓で戦闘を重ねた。基本的にはオートプレイだが、時折オートプレイに頼らない攻撃も混ぜ、1日でも早く戦闘に慣れようとしている。


「それに、変身すればするほど自分が人間じゃなくなっていく気がする」

「……分かるよ、それ。人とは違う力が流れ込んでくるイメージ。でしょ? 多分プレイヤー全員が感じてるんじゃないかな」


 プレイヤーが変身する際、アクセサリーから発せられた光が身体を包む。

 その光は髪型と髪色、服装、個人差はあるが顔つきやその他外見を変化。

 変身はプレイヤー身体能力を向上させるため、プロキシーと戦うためには変身が不可欠。

 ただ、変身する際に光は多少体内に流れ込む。その度にプレイヤー達は舞那のような違和感を覚え、変身回数が増える度にその違和感は徐々に大きくなっていく。


「……私、ちょっとだけ怖くなってきた。いつか自分じゃなくなるんじゃないかって。廣瀬さんは怖い?」

「……怖い。けど私には……いや、なんでもない。じゃあまたね」

「ん、じゃあ……」


 雪希は自らの発言を誤魔化しその場から去った。


(私には舞那がいるから……恐怖にだって耐えられる。まあ、言えるはずないか……)


 雪希は本音と真実を悟られぬよう心を閉ざした。

 その結果、雪希は何とも言えぬ孤独を感じ、何者も干渉できない静寂の中を歩くような錯覚を覚えた。


「帰ろ……」


 舞那は改めて帰宅を決め、再び気だるそうに歩き始めた。


 ◇◇◇


(誰かいる?)


 舞那が家のすぐ近くにまで来た時、玄関前に誰かが立っていることを確認した。

 少しずつ距離が近くなり、残り数メートルのところでようやく玄関前の人物を理解できた。


「よく私の家が分かったね。もしかしてストーカー気質でもあるの?」

「私は水瀬高校におけるスクールカーストの頂点。使える人脈の一部を使えば、木場さんの家を調べることなんて容易い」


 玄関前に立っていたのは、以前舞那にアクセサリーを破壊され退場した龍華。

 かつて舞那と少中学校が同じだった生徒を水瀬高校全体から探し、その生徒から舞那の住んでいるであろう場所を聞き込み。さらにその生徒の人脈を使い、舞那の住所を特定した。


「で、なんの用? まさかこの前のリベンジとか?」

「生憎、アクセサリーは木場さんに破壊されて以降入手してない。今日はプレイヤーの情報を提供しに来たんだけど、今って時間大丈夫?」

「大丈夫。外で話すのもあれだし、とりあえず中に入ろう」


 舞那は龍華を避けて玄関前に移動し、ドアを開けて龍華を招いた。


 ◇◇◇


 舞那の自室にて。

 龍華は持っていたバッグから薄い冊子のようなものを取り出し、それを舞那に手渡した。

 その冊子は9枚の紙をホッチキスで止めた簡素なものではあるが、常に持ち歩くようなものではないためこの程度でも十分である。

 冊子の1枚目は3つの枠に分かれており、それぞれの枠内に文字が羅列し、さらにその左側には写真が印刷されている。

 1枚目の1番上の枠内には「キバ マイナ」と書かれており、変身前後の舞那の写真が載っている。

 その1つ下の枠も同様に、名前と2枚の写真。他の紙を捲って確認すると、ほぼ全てのページが同じような仕様になっている。


「これは……!」

「そう。現時点で私が把握できてるプレイヤーのリスト。ここ暫く、プロキシーの反応があれば現場に向かって、駆けつけたプレイヤーを見てた。そこから人脈を辿って、確認したプレイヤー全員の情報を調べたの」


 枠内には名前の他に、年齢や学校名が記入されている。

 その他、戦闘に関する情報や、プロキシー云々に全く無関係の情報も記入されており、訴えられると警察沙汰になるであろう出来になっている。

 各ページはそれぞれ1色のプレイヤーの情報が記載されており、1ページ目は舞那達青のプレイヤーの情報となっている。

 その出来栄えに感心しつつ、舞那は紙を捲って他のプレイヤーの情報の閲覧を始めた。


「すごい……あ、確かこの人って、犬飼さんにアクセサリー破壊された人だ」

「……見てたんだ。一応、このリストには退場したプレイヤーも記入してある。誰が生き残ってるのかが分かるようにね」


 リスト内の一部のプレイヤーには、枠内の余白に「退場」と記入されている。

 退場と書かれているプレイヤーは、全員龍華にアクセサリーを破壊されたが故の退場である。そのため退場したプレイヤーは全員存命。

 しかし、リストに載っていないプレイヤーも複数人いる。そのプレイヤーが仮に退場していたとしても、退場理由が「アクセサリーの破壊」によるものか「戦闘による死亡」なのかは不明。

 今後空白の部分は埋まっていく予定ではあるが、もしも死亡により退場したプレイヤーがいれば「死亡」と記入する予定である。


「ねえ、赤線で囲ってあるのが何人かいるけど、これは?」

「それは要注意人物。プレイヤーを殺す可能性が高い」


 リスト内の一部のプレイヤーは、名前が赤線で囲まれている。

 囲まれているのは橙のプレイヤーの「カザミ カナタ」、赤のプレイヤーの「クドウ アイリ」、青のプレイヤーの「オカノ アヤネ」、紫のプレイヤーの「シイナ ユカリ」の計4人。

 実際に他のプレイヤーを殺めた瞬間を目撃した訳では無いが、戦闘スタイル及び調査した結果から想定し、プレイヤーを殺す可能性があるとしてチェックを入れた。


「あれ? 緑だけ書いてない?」

「……なぜか緑のプレイヤーだけ会ったことが無くて、情報が全く得られなかった。木場さんは見たことある?」

「ううん、まだ会ったことない」

「そっか……もしかしたら、全員退場したって可能性もあるかも」


 緑のプレイヤーのページには枠だけが存在し、プレイヤーに関する情報は一切記載されていない。

 作成者である龍華を含め、舞那や仲間であるプレイヤー達は、誰一人として緑のプレイヤーについての情報が一切無い。

 龍華はリストを作成中に「全員退場したのでは?」と考えたのだが、最早緑の存在が疑わしくなる。


「さて、そろそろ本題に入るんだけど、いい?」

(え、まだ本題入ってなかったの?)


 リストの譲渡が本題だと決めつけていた舞那は心の中で若干驚いた。


「このリストを見て何か気付かない?」

「えっと……五百雀(うち)の生徒が多め、とか?」

「……まあ、合ってることは合ってるけど、本当の問題はもっと大きい」


 現在リストに記載されているプレイヤーの内、舞那を含めて6人が五百雀高校の生徒である。そしてその内の1人は、龍華の手で既に退場済み。


「このリストに載ったプレイヤーは全員この街の人間。つまり、プロキシーの出現場所はこの街の中に限られてる可能性がある」

「っ!」

「もしかしたら別の街……というか別の県とかにもプロキシーがいるかもしれない。けど、それだとアクセサリーの数は明らかに足りない」


 他のプレイヤー達も1度は思ったことがあるが、深くは考えなかった。なぜならば、深く考えたところで結論が出せないためである。

 しかしアクセサリーを失った龍華は、敢えてこの考えを掘り進めようとしている。


「なんでメラーフは女子高生に、加えてなぜこの街の人間にだけアクセサリーを与えたのか。それだけが全く理解できない。それに関して、もしかしたらこのプレイヤーが何かを知ってるかもしれない」


 龍華はリストの3ページ目、赤のプレイヤーのページを開き、2番目に記載されたプレイヤーを指した。

 2番目に記載されているのは、五百雀高校2年「ヒロセ ユキ」。変身前後の写真も既に撮影済み。


(廣瀬さん!?)

「最近、このプレイヤーが小声でメラーフと話してるところを見た。まるで誰にも聞かせないようにね。このプレイヤーは何かを知ってる……と言うより、このプレイヤーとメラーフは何かを隠している。確証はないけど」


 メラーフと会話をする雪希を目撃していた龍華は考えを掘り進め、「雪希が何かを隠している」という仮定に至った。

 まだあくまでも仮定ではあるが、龍華は着々と、確実にこの戦いの真相に辿り着こうとしている。


「とりあえず、このリストは渡しておくから、一応目を通しておいて。さっきの件は後々解決させる」


 真実を知った時、自分達はどうなってしまうのか。そんなことはどうだっていい。

 たとえ神の怒りに触れようとも、たとえ何かを犠牲にしたとしても、龍華はこの戦いの真相を暴こうとしている。

 それ程まで龍華が真実を知ろうしていることを、メラーフはまだ知らない。

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