《13》 疲労

 初の変身を果たした舞那は、自身が思っていた以上に冷静。しかし同時に、身体の中から湧き上がる力と闘志を確かに感じている。


(これが変身……これなら……戦える!)


 左腕に装着された盾を撫で、戦う意志を定めた舞那。

 今までは明確な戦いの意志が無かったため、アクセサリーの力を発揮できず、変身もできなかった。しかし龍華と対峙し、戦う意志を定めた今、舞那とアクセサリーは同調。アクセサリーを手にしてから時間は経ったが、アクセサリーが舞那の変身を認めた。


「青のアクセサリーは盾……そんなもので、この私とまともに戦えるつもり?」

「さあね。やってみないと分からない。けど今の私、正直……負ける気がしない!」


 舞那は盾を自身の前に出し、龍華に向かって走り始めた。

 龍華は向かってくる舞那に対し、チャクラムを投げようとも、防御態勢を取ろうともしていない。しかし初めて出会う青のプレイヤーの能力を知らないため、油断せず警戒はしている。


「はああ!」


 舞那は盾を装着した左腕で龍華に殴りかかる。だが舞那の攻撃は避けられた。

 龍華は左へと回避。避けた先からは、盾を囮に使った本命の右ストレート。格闘術などの経験のない並の人間であれば、この右ストレートを回避することは不可能。

 しかし、龍華は地面に接地していた足に力を集中させ、勢いよく地面を蹴り空中で後転。紙一重で右ストレートを回避した。

 さらに龍華は後転中に身体を左へと捻り、攻撃が空振りした舞那へ回し蹴りをヒットさせた。舞那は回し蹴りを受け若干ぐらついたが、その場で踏み止まった。


「くっ! まだ!」


 その後も舞那は、殆ど休むことなく龍華へと攻撃を仕掛けた。しかし全ての攻撃を紙一重で回避され、さらには回避しながら攻撃をしてくる。

 舞那だけがダメージを受け、龍華はダメージを受けていない。2人の運動神経には歴然とした差があるが、舞那の明らかな劣勢は紫の能力が影響している。


「何で当たらない、って思ってるでしょ。この際だから教えてあげる。紫の持つ能力は、所持者の動体視力の向上。相手の動きを目で見て、その予備動作とか軌道から攻撃を読むことができる」


 紫の能力は動体視力の向上であるが、それだけ聞けば「本当に強いのだろうか」と思ってしまう。赤の身体能力向上や白の硬化などと比べると、少し物足りないと感じるかもしれない。

 しかし紫の能力の真の恐ろしさは、実際に体験しなければ理解できない。

 例えば、目で負えぬ高速移動の能力を持つプレイヤーが存在したとしても、動体視力を向上させた紫のプレイヤーはそれを目で追うことができる。それだけでも、高速移動のプレイヤーの取り柄を否定されたことになり、勝率は下がる。

 動体視力向上は、相手の動き全てを目で追うことができるため、相手が何をしてくるのかということが大体理解できる。そしてその攻撃を回避すれば、空振りした相手はバランスが僅かに崩れる。その隙を突き、相手に勝利することができる。

 さらに、所有者である龍華の戦闘力は非常に高く、尚且つ並の高校生とは比較にならない程の優秀な頭脳も持っている。元々高い身体能力と優秀な頭脳、そして動体視力向上を加えたその戦いは、最早並のプレイヤーとは一線を画す程の強さを誇る。


「避けるのにも飽きたし、こっちから攻撃するよ!」


 龍華はチャクラムでの攻撃を開始。龍華の動きには少しの隙もなく、反撃をしようものなら即座に阻止される。そして攻撃が失敗した際に生まれる隙を突かれ、舞那がダメージ受けてしまう。

 アクセサリー固有の能力を除いても、舞那と龍華の力の差は歴然。薄々舞那もそれに気付いていた。しかし、


(強い……! けど、負けられない!)


 負ける訳にはいかない。自分の正義証明したい。揺るぐことの無い舞那の意思が、アクセサリーの能力を発動させ、僅かな青い光が舞那の身体を覆った。

 舞那はもちろん、龍華も青の能力は知らない。そのため龍華は、舞那の能力の発動を確認して若干距離をとった。

 しかし、龍華は能力を発動した状態の舞那へと既に攻撃していたため、この時点で龍華の勝率は急降下した。


「くっ……これは……!?」


 舞那から距離をとるため後退った龍華は、自らの身体に起こっていた異変に気が付いた。

 

(何で……いつもの私ならこんな早くに疲労は来ないはず!)


 舞那に攻撃してから、身体に漲っていたはずの力は失われ、まるで過度な運動をしたかのように身体の至る所に痛みを感じる。さらに息はあがり、明らかな疲労が身体に表れていた。


「ぐっ! この私が……っ!」


 龍華が倦怠感にも似た疲労を感じていることを理解した舞那は、右手で龍華の顔面を殴打。身体の異変に気を取られた龍華は、不覚にも舞那の鉄拳を受けてしまった。


(だめ……このままじゃ……)


 龍華は舞那の攻撃を回避する余裕もなく、直接のダメージを避けるためチャクラムでの防御を続けた。


「はあああ!」


 青の光を右手に集中させた舞那は、龍華の持つチャクラムを殴打。龍華は防御すべく、2つのチャクラムを構えて舞那の拳を受けた。そして、


「っ!!」


 舞那の殴打により、2つのチャクラムは破壊。チャクラムは紫の光へと変化し、砕け散りながら消滅した。


「嘘……私の……アクセサリーが……」


 アクセサリーを失った龍華の変身は強制的に解除され、元の姿へと戻ってしまった。

 龍華は自身の戦闘能力と、アクセサリーの耐久性を過信していた。それ故に今回の敗北は龍華のプライドに傷を付けた。


「さっき、アクセサリーから声が聞こえた。青の能力について。この際だから教えてあげる」


 舞那は龍華の発言を真似、青のアクセサリーが持つ能力の話をした。


「青の能力は疲労。触れたものの体力を奪い、触れる度に疲労を蓄積させる。けどそれは人だけじゃなく、アクセサリーも対象。だから犬飼さんのアクセサリーは破壊された」


 アクセサリーから聞こえた声は女性。メラーフとは違い、優しい雰囲気の声と喋り方が特徴的な声だった。

 そんな青のアクセサリーの能力は疲労。今回、龍華のアクセサリーがいとも簡単に破壊されたのは、この疲労の能力によるものである。

 近い例えをするならば、チャクラムの破壊の原因は「金属疲労」。チャクラムを含めたアクセサリー達は金属ではないため、厳密には金属疲労ではないが。


「犬飼さん、私……これからも戦う。プレイヤーみんなと、プロキシーを1匹残らず殺すために……!」


 舞那は変身を解除し、龍華に自身の意志を伝えてその場から去った。

 取り残された龍華は、爪が食い込む程強く手を握り、抑えきれない感情を血と共に流した。


(……このままじゃ終われない……終わっちゃいけない!)


 一度敗れたとは言えど、龍華も自らの意志を持つ。そしてその意志を改めて自らの心に掲げ、再び戦いに戻るために立ち上がった。


 ◇◇◇


 自室のベッドに横たわり、息と共に全身の力を口から吐き出した雪希。

 目付き以外、非の打ち所のない容姿端麗な少女ではあるが、雪希はさながら中年男性のような野太い声を室内に響かせた。


「……んぁ?」


 舞那からメッセージが届き、室内で充電していたスマートフォンが振動した。

 雪希は呻き声を発しながらスマートフォンへと手を伸ばし、充電器のコードを引き抜いてメッセージを確認した。

 舞那からは「紫のプレイヤーと遭遇したけどなんとか倒せたよV^ω^V」と届いており、メッセージを見た瞬間に雪希は勢いよく起き上がった。


(アクセサリー拾ってからまだ日が浅いのに……)


 率直な感想として、雪希は「よく勝てたね……。」とメッセージを送り、その直後に「そう言えば、青と紫の能力って何なの?」とメッセージを追加した。

 送信直後に既読が付き、数秒後には舞那から返信が送られてきた。

 その後も画面上のやりとりが続き、今回の戦闘により分かったこと、紫のプレイヤーの正体、その他諸々のことを話した。


(水瀬高校の犬飼……"前"の時はいなかったな……)


 最終的に、雪希の「とりあえず、木場さんが無事なら良かった。それじゃあまた何かあったら連絡してね。」というメッセージで会話は終了した。


「はぁ……メラーフ……メラーフゥ?」


 仰向けになりメラーフを呼ぶ雪希。

 2回目でメラーフは気付き、室内の何もないはずの場所から突如出現した。


「なんだい? 君の方から呼び出しなんて」

「そのうち、みんなに全部話す時が来るでしょ。お願いがあるんだけど、"前回の結果"と私の事……黙っておいてくれない?」


 いつもは笑顔を欠かさないメラーフだが、雪希が「前回」という言葉を発した直後にその表情は凍りつき、笑顔は消え去った。


「いいけど、君のことは黙っておいていいのかい?」

「……いい。私はみんなと同じで何も知らない。何も知らずにプレイヤーになった。そういうことにしておいて」

「……分かった。それで君がプレイヤーとして戦い続けてくれるなら」


 メラーフは消えるようにその場から去り、雪希の部屋には沈黙が残った。

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