《12》 変身

「……」


 土曜日。

 舞那はベッドの上に寝そべり、昨日出会った龍華のことを考えていた。


(かっこよかったな……美人で強くて……)


 多少だが龍華は美化され、脳内での龍華はかなり美しく煌めいている。それほどの衝撃を受けたであろう舞那は、さながら恋する乙女のように頬を赤く染めた。


「っ!」


 しかし舞那の妄想を邪魔するかのように、プロキシー出現の反応で脳内に指定の場所がイメージされた。

 舞那は現在寝間着姿。いくらプロキシーが出現したとはいえ、この服装のまま外出するのは愚行だと舞那は判断した。時間をあまりかけずに外出用の服に着替え、舞那は出現場所に向かって走った。


 ◇◇◇


(たしかこの辺で……あ、いた!)


 イメージされた場所の近辺にやってきた舞那は、周囲を見回してプロキシーを探した。

 歩きつつ暫く探していると、プレイヤーの武器と武器がぶつかるような異音が聞こえ、舞那は音の聞こえる方に走った。

 そこにプロキシーはいなかった。しかし代わりに、2人のプレイヤーがいる。

 そのプレイヤー達は既にプロキシーを討伐しているのだが、今は互いに攻撃し合い、どちらが生き残るかを競っている。


(プレイヤー同士が戦ってる……というか、あれ……沙織!?)


 戦っているうち片方は黒のプレイヤー。

 沙織は黒のアクセサリーを所持するプレイヤーであり、セミロングの黒髪が特徴。

 しかし、目の前で大鎌を振り回す黒のプレイヤーはポニーテール。さらに、プレイヤー達は動き回っているためよく分からなかったが、黒のプレイヤーの顔は明らかに沙織の顔ではなく別人である。


「くっ! はああ!」

「はぁ!」


 声が沙織ではないため、目の前で戦っている黒のプレイヤーは沙織ではないと理解できた舞那。

 しかしなぜ沙織以外の人間が黒のアクセサリーを所持しているのか。説明をまともに受けていない舞那には到底理解できなかった。


「強い……!」


 黒のプレイヤーと武器をぶつけ合うは紫のプレイヤー。以前雪希が見かけ、舞那に注意を促したプレイヤーと同一人物である。


「負ける訳にはいかない! はああ!」


 黒のプレイヤーは、紫のプレイヤーの力に怯みながらも、大鎌を持って攻撃を仕掛けた。

 しかし、紫のプレイヤーはチャクラムを使い攻撃を防御。さらに防御状態からチャクラムを使用し、黒の大鎌をプレイヤーの手から弾き飛ばした。


「あぁ!」

「これで……終わり!」


 その隙をつき、紫のプレイヤーは黒のプレイヤーの腹部に蹴りを入れた。蹴りの衝撃を受け、黒のプレイヤーは口から唾液を吐きながら後方に飛ばされた。

 幸いにも嘔吐はしなかった。ただ地面に激突した痛みと蹴られた痛みで、黒のプレイヤーは涙を流し悶えた。


「あんたのアクセサリー、破壊させてもらうね」


 紫のプレイヤーは右手に持ったチャクラムに紫の光を集中させ、弾き飛ばした黒の大鎌に攻撃。攻撃箇所から黒の大鎌にヒビが入り始め、8回目の攻撃で完全に破壊された。

 破壊された大鎌は死を迎えたプロキシーのように砂へと変化、風により散らばった。

 アクセサリーが破壊されたことにより黒のプレイヤーは変身が解け、本来の姿へと戻ってしまった。

 休日故に私服を着ているが、黒のプレイヤーは舞那と同じ五百雀高校の生徒。ただ学年も学科も違うため、舞那はそのプレイヤーのことは知らない。


「……私のこと、殺さないの?」


 黒のプレイヤーは、その場から去ろうとした紫のプレイヤーに問いかけた。


「アクセサリーがない今、あんたを殺す必要なんてない」

「なんで……なんでわざわざアクセサリーを? 殺した方が早いじゃない!」

「……確かに、アクセサリーを破壊するのは効率的じゃない。けど、できれば私はプレイヤーを殺したくない」


 紫のプレイヤーは、自分と同じ存在であるプレイヤーを殺さないようにしている。しかしプレイヤーを見つけ次第攻撃はしている。



「戦うのも、辛い思いをするのも、私ひとりで十分。あんたは普通の女の子に戻って、戦いとは無縁の生活を送りなさい」


 紫のプレイヤーは変身を解かずにその場から去り、力を失った黒のプレイヤーはその場に居座り続けた。

 そして黒のプレイヤーは、死を覚悟して戦っていたはずの自分に惨めさを感じ、顔を伏せながら歯噛みした。


(紫のプレイヤー……廣瀬さんが言ってたやつ……というかそれより!)


 舞那はポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、舞那の知る黒のプレイヤーである沙織に連絡。


「あ、もしもし沙織? 今大丈夫?」

『大丈夫だけど、どうしたの? もしかしてプロキシーと遭遇した?』

「いや、ちょっと聞きたいことがあって……その、プレイヤーって何人いるの?」


 先程の黒のプレイヤーを見た時、沙織が先程のプレイヤーからアクセサリーを奪われたのでは、と舞那は考えていた。

 しかし声の様子から、沙織はまだアクセサリーを所持していると舞那は判断した。


『……メラーフ、言ってなかった?』

「言ってなかった……と思う」


 電話越しにため息が聞こえたが、雪希も同じようなため息を吐いていたため、沙織は雪希同様メラーフに呆れていることが分かる。


『プレイヤーは9色に分かれてるってのは知ってるよね。で、1つの色にそれぞれ3人のプレイヤーが存在してる。私の場合は、3人いる黒のプレイヤーのうちの1人ってわけ』

「ってことは……27人もいるの?」

『そういうことになるね。まあ今のところ、何人のプレイヤーが生き残ってるのかは分からないけど』


 先程の黒のプレイヤーはアクセサリーを破壊されたため退場。よって、少なくともプレイヤーの残り人数は26人。

 しかし、1人のプレイヤーが複数のアクセサリーを所持している可能性もあるため、実際の残りプレイヤー数は分からない。


(そんなにいるんだったら、全員でプロキシー殺した方が早いんじゃ……)

「あ、ごめんありがとう。また何かあったら連絡する」

『うん、それじゃ』


 黒のプレイヤーが退場したことは知らせず、2人の通話は終了した。


 ◇◇◇


 数時間後、部屋でくつろいでいた舞那の脳内に、再びプロキシー発生場所がイメージされた。


(またぁ? 休日なのに全然休めないじゃん……)


 気だるさによるため息を吐きながら、舞那ら身支度を整えて発生現場へと向かった。

 距離はそこまで離れていない。ただその場所に行くまでは、複数の信号や複雑な道を通る必要がある。


(ああー……何で日に何回も……いた!)


 頭の中で愚痴を言いながら走る舞那は、イメージされた場所より少しズレた場所でプロキシーを発見。プロキシーの手は血で染まっており、既に食事を終えたことが予想される。

 さらに、舞那はそのプロキシーと戦うプレイヤーの姿を確認した。数時間前に見かけた紫のプレイヤーと同一人物である。

 舞那が発見した頃には既に勝敗は決まっており、プレイヤーのダメ押しの回し蹴りによりプロキシーは死亡した。


(またあのプレイヤー。もしかしてご近所さん?)


 下らないことを考えながら、戦闘の様子を物陰で観察していた舞那。対するプレイヤーは、舞那が見ているとも知らずに変身を解除した。


「っ!? 嘘……」


 元の姿へ戻ったプレイヤーを見て、舞那は思わず物陰の外へと出てしまった。

 そしてそれに気付いたプレイヤーは舞那を見て、多少なりとも驚いたような表情を見せた。


「まさか……犬飼さんが……?」

「その言い方……木場さんもプレイヤーなんだね」


 同様を隠しきれない舞那に対し、紫のプレイヤーである龍華は驚いた素振りもなく淡々と話している。

 それもそのはず、龍華は誰がプレイヤーであっても戦う覚悟をしている。

 仮に大親友がいたとして、何らかの拍子にプレイヤーになったとする。しかし龍華は躊躇うことなく大親友と戦い、勝利をもぎ取るだろう。


「折角友達になれると思ったのに……仕方ないか……」


 龍華は再びアクセサリーを武器へと変化させた。

 紫の武器は2本のチャクラム。扱うプレイヤーにもよるが、近距離戦闘ではかなりの強さを発揮する。ある程度距離がある相手でも、フリスビーのように投げることで攻撃が可能。

 2本あるチャクラムは、2本ともが破壊されなければ消滅しない。しかしその代償として、チャクラム1本分の耐久性は他のアクセサリーの半分。油断すれば破壊されかねない。


「いくよ……変身!」

「犬飼さん……!?」


 龍華の身体は一瞬紫の光に包まれ、光が弾けると同時に変身が完了。

 髪は紫色で、変身前よりも髪が伸びている。服装はまるでアイドルのようなシルエットだが、服はほぼ紫一色であるため、アイドルのような「可愛さ」はない。


「プロキシーと戦うのは私1人でいい。だから木場さんのアクセサリー、私に破壊させて」

「まっ、待って! 私、別に犬飼さんと戦いに来たわけじゃ」

「そっちにその気がなくても、私達はプレイヤーである以上、戦いは免れない」


 今の龍華は、昨日会った時とは別人のような鋭い眼光を放っている。

 今まで向けられてきたことのない視線に若干怯えつつも、舞那は自らの思想を口に出した。


「おかしいじゃん! プロキシーを撲滅するのが私達のやるべきことでしょ!? なんでプレイヤー同士が戦わなくちゃいけないの!?」

「生き残ったプレイヤーは神に等しい力を得ることができる。だからプレイヤー同士は戦いをやめない。分かってるでしょ」


 そもそも、神に等しい力という報酬がなければ、プレイヤー達は戦いを拒否しているだろう。

 しかし中には、舞那のようにプロキシーを倒すことだけを目的としたプレイヤーも存在する。

 ただ、そのようなプレイヤーに限って、プレイヤー同士の戦いに巻き込まれてしまう。そして力を失うか、死亡してしまうかの結末を迎える。


「ただ、私は神に等しい力に目が眩んだ他のプレイヤーとは違う。それ以前に、そんな力欲しいとは思わない」

「じゃあなんで……なんで犬飼さんはプレイヤーと戦うの?」

「メラーフが言ってた。プレイヤーは全員、私達と同じ女子高生だって。もう、女の子が自分より強い相手と戦って傷付く姿を見たくない。だから……だから私は、プレイヤーのアクセサリーを壊して、戦いから退かせてる」


 自らの思想を述べる龍華の脳内に、かつて自分が体験した絶望が蘇った。


 ◇◇◇


 中学時代、龍華には凜菜りんな梨子りこという2人の友人がいた。

 凜菜は龍華と梨子の見えないところで、クラス内カースト上位のグループから虐められていた。古典的なものから、現代社会だからこそできるものまで、数々の虐めを受けていた。

 そんなある日、梨子は凜菜が虐めを受けていたことを知る。直後に梨子は上位グループに会い、凜菜への虐めを止めるよう説得。

 生返事ではあったものの、上位グループは虐めを止めることを約束した。しかし梨子の行動が、後に最悪の事件を起こす。


「り、梨子……」

「ん? どうしたの?」


 放課後。梨子の友人の1人が、怯えたような表情で梨子を呼び止めた。


「さっき、凜菜が上級生に連れてかれて……これを渡せって」


 友人は震える手で、上級生から受け取った手紙を梨子に渡した。

 手紙には「メゾン○○の304号室に来い」とだけ書かれている。その手紙を読んだ梨子の顔は一瞬で青くなり、何も言い残すことなく指定のマンションへと向かった。


(凜菜……私のせいで……っ!)


 10分程走った場所にあるマンション。指定の部屋は4階。

 梨子は指定された304号室にまで到着し、焦りながらドアノブに手をかけようとした。しかし、304号室のドアに貼られた紙を見た瞬間、自らの心にヒビが入る音が聞こえた気がした。

 304号室のドアには「野村梨子へ。残念でした。沢村凜菜がいるのは○○の410号室だ」と、こことは別の場所に存在するマンションの名前が書かれている。

 ここまで来るのに約10分。現在地から指定のマンションまでは、本気で走っても15分は必要。到着する頃には、手紙を読んだ時点から25分が経過することになる。


(なんで……こんなことに!)


 梨子はがむしゃらに走った。途中で警察へ通報しようとしたが、携帯の充電は切れている。

 公衆電話を使うという手段もあったが、時間のロスになるため諦めた。


(凜菜……凜菜……!)


 歩行者用信号も無視し、歩く人々を避けようともせず、梨子は走った。

 過度の運動により身体中に痛みを感じ始めた頃、梨子は凜菜のいるマンションに到着した。指定の部屋にまで階段を駆け上がり、鍵のかけられていないドアを開けて室内に入った。


「りん……」


 暗い室内には、タバコを吸いながら梨子を睨む上級生の男子生徒が3人。男子生徒達は服を脱いでおり、まるで見せつけるかのように脚を開いている。

 そして男子生徒に囲まれた部屋の中心に、脱力して横たわる凜菜がいる。凜菜は服を脱がされており、生きているのか死んでいるのかも分からない瞳で何も無い壁を見つめている。


「思ってたより早かったな。まあ、どちらにせよもう手遅れだけどな」

「そうそう。君が手紙に騙されてくれたおかげで、俺達全員スッキリしたわ」


 梨子は恐る恐る凜菜へと視線を移し、見える範囲で凜菜の身体を見た。

 口と股から白濁液が流れ出ており、身体の至る所が唾液で濡れている。さらに、叩かれたのか殴られたのか、頬は赤く腫れ上がっている。

 友人である凜菜が上級生の男3人に犯された。そのことで梨子の心のヒビはさらに広がり、今まで味わったことのない絶望を感じた。


「んじゃ……次はお前が相手しろや」

「ひっ……!」


 後退る梨子。しかしそれを予期していたかのように、玄関近くで待機していた男子生徒が後ろから梨子に抱きついた。


「いやぁぁぁ! 離して! 離してぇ!」

「暴れんなって! 上手く脱がせないだろう……が!」


 男子生徒の1人が梨子の着ていた制服を引き裂き、水色のブラに包まれた梨子の胸を露わにした。

 この瞬間、ヒビが広がっていた梨子の心は砕け散った。


「いや! 助けっ! んんん!」


 加勢に来た男子生徒の1人が叫ぶ梨子を黙らせるため、梨子の唇に自らの唇を押し付けた。

 そして梨子は男子生徒全員で服を脱がされ、凜菜と同じように犯されることとなる。


(今のうちに……龍華に……)


 男子生徒が梨子を犯すことに夢中になっている。

 その隙を突き、意識を取り戻した凜菜はスマートフォンを制服から取り出した。現在地と一緒に、「たすけて」というメッセージを龍華に送信した。

 送信直後、男子生徒の1人が凜菜の行動に気付き、男子生徒達は急いで服を着て部屋から出ていった。警察を呼ばれたと勘違いしたのだ。

 その後、部屋に到着した龍華は凄惨なレイプ現場を目撃。梨子と凜菜の口から経緯を知った。

 龍華は梨子以上の絶望を味わい、同時に上位カーストの面々に対する殺意が芽生えた。

 事件発生後すぐに、男子生徒達とそれを手引きした上位カーストの面々の身柄は警察に拘束された。そして事件後の龍華は豹変し、僅か1週間でスクールカーストの頂点に立った。

 悪に対する憎しみから生まれた怒りは、男すら恐怖してしまうほどの圧倒的な強さを龍華に与えたのだ。

 このようなことがあり龍華は「力こそ絶対」と考えるようになり、高校進学後もスクールカーストの頂点に立った。


 ◇◇◇


 龍華は自分と同じ女子高生が傷付き、絶望する姿を見た。そしてアクセサリーを手に入れた少女が、プロキシーに殺される瞬間も目撃した。

 中学時代の絶望が龍華の中にある「正義」を突き動かし、苦しい思いをするのは自分一人でいいという思考の元、プレイヤーの所持するアクセサリーの破壊活動を始めた。

 舞那のような、「敵はプロキシーだけ」という思考を持つプレイヤーから見れば、龍華のこの行動は悪に等しい。

 しかしプレイヤーである少女達を戦わせたくないという、龍華の優しさ故のこの行動を、舞那は完全な悪だとは思いきれないでいる。


「神に等しい力なんていらない……それでも! 私はアクセサリーからみんなを解放させるために戦う。だから……私と戦って、木場さん!」


 龍華に威圧された舞那は僅かに怯んだ。

 しかし龍華がいくら自らの正義を語っても、舞那は自らの正義を曲げることは無い。

 そして舞那は自らの正義を証明すべく、ポケットの中に忍ばせておいたアクセサリーを取り出した。


「……正直に言うと、私も神に等しい力なんて興味無い。誰かと戦って、自分だけが生き残ろうなんて思ってない。だけど、犬飼さんが私と戦うっていうなら、私は……犬飼さんを倒す」


 舞那の言葉に呼応するかのように、握っていたアクセサリーは盾へと変化した。


「……変身!」


 舞那の身体は青い光に包まれ、光が弾けると同時に変身が完了した。

 髪は青くなり、前髪は変身前の名残を残しつつも多少伸びており、後ろ髪は腰の辺りまで伸びている。

 青いミニスカートを着用しており、上半身は巫女服に似た青い服を着ている。組み合わせ的には変身後の雪希に似ているが、色とデザインは異なっている。


「犬飼さんは殺さない……けど、倒す!」

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