《5》 メラーフ
「変身!」
一瞬、雪希の身体は赤い光に染まり、直後に赤い光は弾けるように身体から消え去った。
光を脱ぎ捨てた雪希の髪は赤く染まり、先程までとは全く違うヘアスタイルへと変化している。髪と同時に服も変化しており、ダークネイビーのブレザーは赤と白の巫女装束に、ブルーグレーのスカートは赤いスカートに、黒い靴も赤く変化。
その姿は先日舞那を怪物から救った女性と同じであり、舞那のトラウマの中に埋もれていた赤い女性の姿が脳内に蘇った。
「まさか……廣瀬さんだったの?」
「……ちょっとグロいことになるけど、吐かないように頑張ってね」
雪希は刀を構え、食事を終えた怪物に向かって走った。
怪物に近付くと雪希は刀を上に振り上げ、怪物の目の前で少しだけジャンプ。一刀両断を狙って刀を振り下ろした。
しかし刃は怪物の頭部に当たっておらず、寸前のところで左腕により防がれている。怪物の左腕には一切傷が無く、まるで雪希の一撃を嘲笑うかのように刃を左に跳ね返した。対する雪希は、跳ね返された際の力を利用し、身体を回転させて怪物の頭部を狙った後ろ回し蹴り(のようなもの)を披露。
側頭部から雪希の蹴りを受けた怪物の首は折れ、怪物の顔面は90度以上傾いた。怪物の身体は僅かに痙攣をおこし、目の焦点が左右でズレたものの、怪物の息はまだ途絶えていない。怪物は傾いた顔のまま左目で雪希を睨み、まるでスイッチを切り替えたかのように雪希への反撃を始めた。
先程まで人の頭部が握られていた右手で殴りつけ、全力で腕を振るい叩きつけ、自らのスタミナを気にすることなく我武者羅に暴れ続けた。
それぞれの動き一つ一つは単純であるため回避は容易い。しかし怪物はただ我武者羅に動いているため、行動の先読みはできず、完全な回避はできていない。
(白のプロキシーは硬いし……もし直撃したらさすがにヤバいよね)
怪物の攻撃は時折雪希の服を掠り、当たる度に少しずつ服を破っている。僅かに触れただけで服を破るような力を持つ怪物の一撃を受ければ、当たりどころによっては雪希の命はない。
雪希は怪物の攻撃を、身体に当たらない程度に回避し続け、僅かな隙を見つけながら刀で攻撃を仕掛ける。しかし相変わらず刃は怪物の白い身体に傷を与えられず、雪希の体力は消費される一方。
(やっぱり刀じゃ厳しいか……後々疲れるけど、正攻法でやるしかない!)
雪希は刀を左手に持ち替え、利き手である右手をフリーにした。
先程までは刀での戦闘を行っていた雪希だったが、相手の特徴に対応すべく拳での殴打、素足での蹴りへと攻撃方法を変更。刀では殆どダメージを与えられなかったが、攻撃方法を変更した途端怪物にダメージが入り始めた。
繰り返し受けるダメージに悶えながらも、怪物は隙あらば雪希へと反撃。しかしダメージが蓄積してきたのか、先程までの勢いはなくなり始めている。
「すごい……」
刀片手に、まるで舞うように戦う雪希を見て、舞那は感動にも等しい感情を覚えた。しかし舞那は目の前で繰り広げられる攻防戦に魅入っているため、視野が狭くなり、他の物事に対する反応が鈍くなってしまっていた。
「っ! 危ない!」
「え……っ!?」
雪希の発言で、背後に色褪せたような赤色の怪物が立っていることに気付いた舞那。
赤色の怪物は気味の悪い笑みをすると同時に、尖った指先を舞那へと向けて腕を加速。舞那の眼球を潰しながら、頭蓋骨に指をかけて勢いよく引き抜く……はずだったのだが、
「……あれ? え!?」
反射的に目を瞑ったものの、痛みは無く、突然何も聞こえなくなったことに気付いた舞那は目を開いた。
舞那に向かって振り上げられた怪物の手は停止。それどころか、怪物そのものが停止している。
しかし停止しているのは怪物だけではなく、舞那の目に映るもの全て。この世界自体が停止している。
舞那に音を伸ばす雪希も、雪希と戦っていた怪物も、空を飛んでいた鳥も……自分以外の存在全て、である。
「久しぶりだね、木場舞那」
「え、誰!?」
全てが停止した世界でただ1人動いている舞那に、突如現れた女性が声をかけた。久しぶりとは言ってるものの、舞那はその女性のことは知らない。
女性は一糸纏わぬ見事な全裸でありながら、恥ずかしがるような素振りを一切見せず、堂々とした態度で舞那に歩み寄った。
「まあ覚えてないよね。僕はメラーフ。君達人間で言うところの神様だ」
「か、神様……?」
自らを神と名乗るこの女性はメラーフ。薄い青、透明感のある白、見方によりどちらかの髪色をしているが、どちらにせよ人とは思えない程透明感のある髪が特徴的。背はそれほど高くはなく、雪希と同じか少し小さい。
初対面でいきなり神を自称したメラーフに対して舞那は警戒しかけたものの、なぜか初めて会った気がしないと思った舞那は無意識のうちに警戒を解いた。
「そ、神様。僕のことはメラーフって呼んでくれて構わない。さて、じゃあいきなりだけど君が置かれた状況について説明しよう。今は僕の力で時間を停止させてるから、話せることはなるべく全て話したいけど、いいかな?」
メラーフの質問に舞那は黙って頷いた。
「まず最初に、この怪物について」
メラーフは舞那に攻撃しようとした怪物の肩を掴み、若干揺らしながら話を続けた。
「これの名前はプロキシー。なんとなく分かってると思うけど、こいつらは人を喰って生きてる。まあそれはいいとして、プロキシーにも種類と特徴があって、それぞれは色で分けられてる。いま彼女が戦っているのは白のプロキシー。身体が硬いことが特徴。因みにプロキシーは全部で9種類。さらにその9種類それぞれに複数体のプロキシーが存在している」
今の話を要約すると、怪物の名はプロキシー。直訳すれば代理となる。
プロキシーは人を喰うことで命を保っている。
プロキシーは9つの種類に色分かれている。
それぞれの種類にはその種類のプロキシーしか持ち得ない特徴を持っている。
プロキシーは複数体存在している。
因みに舞那を攻撃しようとした赤いプロキシーは、他の種類のプロキシーと比べると全体的にステータスが高い。
「次に、彼女について。さっき見ただろう? 彼女はアクセサリーを日本刀に変化させ、その上見た目がかなり変化した。あれはあのアクセサリーの能力で、アクセサリーにはプロキシー同様9種類存在している。彼女の持っているのは赤のアクセサリーだ」
雪希が使用している刀は、言わば対プロキシー用の武器。その武器は普段はアクセサリーとして常備でき、必要な時になれば武器へと変化させることができる。
アクセサリーもプロキシー同様に9つに色分けされており、それぞれの色でそれぞれの能力が存在している。
アクセサリーの各能力は同色のプロキシーの特徴と酷似しており、アクセサリーの場合は状況により能力を使用するのだが、プロキシーに関しては常に能力を発動している状態である。しかし能力を持っているプロキシーは、赤、青、黄、白、黒の5種のみ。
雪希と戦闘中の白プロキシーも、舞那に襲いかかった赤プロキシーも能力を発動中である。
白プロキシーの持つ特徴は"皮膚の硬化"。常に体表が硬化しており、雪希の刀などの武器による攻撃を受け付けない。しかし硬いのは体表だけであるため、先程の舞那の回し蹴りなどにより発生する関節や体内へのダメージは通る。
「実は君もアクセサリーを持っているんだけど……何か心当たりはないかな?」
「アクセサリー……あ!」
舞那が初めてプロキシーを目撃した日、舞那は墓参りに行っていた。
そこで舞那は、盾を模した青と銀のアクセサリーを拾った。
舞那自身、プロキシーの事でアクセサリーのことを忘れていたのだが、メラーフとの会話の中でようやく自分が拾ったアクセサリーの存在を再認識した。
「思い出したみたいだね。あの盾の形をしたアクセサリーも、彼女の日本刀のように変化する。まあ君が持っているものは日本刀じゃないけどね。本当は君が初めてプロキシーに襲われた時に説明をするべきだったんだけど、生憎同じタイミングでもう一人……君と同じようにアクセサリーを拾った子がいたんだ。そっちに気を取られてね……」
舞那がアクセサリーを拾いプロキシーと遭遇したのと同時に、別の場所でプロキシーに襲われていた少女がいた。メラーフはそちらの少女に諸々の説明をしており、そちらに気を取られたあまり舞那への説明を行えなかった。
正確には説明を終えた後に急いで舞那の所へ来たのだが、雪希がプロキシーを既に始末していたため、改めて舞那がプロキシーに遭遇する日を待っていた。
「何で襲われてるタイミングじゃないと説明しないの?」
「襲われてる時じゃないと大概信じてくれないからね。君だって、プロキシーを実際に見ないと僕の話を信じないだろう?」
図星を突かれたような表情をした舞那。
メラーフの発言は見事に的を射ており、仮にプロキシーに襲われていない状況で説明をされても、舞那でなくともその話を信じることは不可能。
「話を戻そう。このままだと君はこのプロキシーに目を抉られて、多分首を引っこ抜かれて死ぬ。けど君はこの絶望的な状況を切り抜けるための力を持っている。もう分かってるとは思うけど、君も廣瀬雪希のようにアクセサリーを使用すれば、このプロキシーを返り討ちにできる」
「使用すればって……どうやって?」
「簡単だよ。アクセサリーを手に取れば、後は所持者の意志とタイミングでアクセサリーは勝手に武器へと変化する。さっきも見ただろう? 廣瀬雪希がアクセサリーを刀に変えたように、君自身のタイミングでアクセサリーを武器に変えるんだ。後はアクセサリーに全部任せておけば、勝手に身体が動いて戦えるようになる」
メラーフは話終えると同時にパチンと指を鳴らした。
すると直後、舞那の手中に先程まで無かったはずの例のアクセサリーが現れた。アクセサリーは拾った後、特に飾る訳でもなくただ自室に放置されているため、本来であればここにあるはずがない。
「アクセサリーは常に持ち歩いて置いた方がいい。今回はサービスで届けてあげたけど、次回からは知らないからね。じゃあ実際にアクセサリーを変化させてみなよ」
舞那はアクセサリーを握り、よく分からないままアクセサリーに付けられた「盾」をイメージした。
するとアクセサリーは青い光と共に、舞那の肘から下全体を覆う程の大きさに巨大化、そのまま左手腕に装着された。形を変えずに盾へと変化したアクセサリーを見て、舞那は驚きのあまり言葉を失った。
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