《4》 予感
日向子、沙織と分かれた舞那は、特に寄り道をすることなく家に向かっていた。
今の舞那は怪物や夢の事など眼中にはなく、ただ単純に早く帰りたいという気持ちで歩いていた。歩く姿はごく一般的な女子高生だが、最早歩くことすら面倒だと思い始めているため、内面は堕落しきった猫そのものである。
しかしその堕落は数秒後に消え去る。
「っ!」
突如、脳内に現在地とは別の場所の光景が映し出された。場所自体は知っているのだが、何故今その場所の光景をイメージしたのかは自身も理解できない。
(な、何……今の……)
ただその場所をイメージしただけなのだが、舞那はその場所に行きたくない……と言うよりも、行ってはいけないと感じた。そう思った理由は舞那自身理解できていない。
(早く帰ろ……)
気味が悪いと思った舞那は、急ぎ足で家に向かった。しかし家に向かう途中、先程イメージした場所に通じる道と、家に向かう道が交差する場所に来てしまい、再び先程のイメージが脳裏を過ぎった。
絶対に行ってはいけない。何が起こるか、何があるのかも分からないが、もしも行ってしまえばもう後戻りできなくなる気がする。そう何度も自分に言い聞かせるも、例の場所から引力が発せられているような感覚に陥り、舞那の足はジリジリと例の場所に向けて動いていた。
しかしそんな時、舞那の目の前に金髪の女子高生が現れた。その女子高生は舞那と同じ制服を着ており、制服のまま例の場所に向かって走っていた。金髪の女子高生が例の場所に向かっていると悟った舞那は、無意識のうちに金髪の女子高生の腕を掴んで走行を阻害した。女子高生は腕を掴まれたことに驚き、一旦走るのを止めて舞那を見た。
「だめ……そっち行っちゃだめ!」
「木場さん? 私行かなきゃいけないの。悪いけど離してくれない?」
「だめ! なんか嫌な予感がする……とにかく行っちゃだめ!」
金髪の女子高生の名は
「お願い離して! どうしても行かなきゃダメなんだって!」
「あ、ちょっと!」
雪希は自力で舞那の腕を振りほどき、そのまま例の場所に向かって走り始めた。
何の躊躇いもなく走る雪希を見た舞那も、雪希を追う形で例の場所に向かって走り始めた。1歩、また1歩と進みにつれて不安は少しずつ大きくなり、舞那は何度か脚を止めかけた。しかし舞那は追うことを止めず、少しずつ離されてはいるが確実に雪希を追っている。
走る途中で、舞那は何度も雪希に声をかけた。しかし舞那が何度声をかけても、雪希は振り向くことも、ましてや反論することもなく、例の場所に向かってただ走り続けている。そして暫く走り、舞那と雪希は遂に例の場所に到着してしまった。
(あれ……? 何も起きない?)
そこは誰も住んでいない古い空き家が建ち並ぶゴーストタウンのような場所。大概の空き家が黒ずんでいるためか全体的に暗く見え、尚且つ幽霊の目撃情報もあるため、元々この場所は近隣の人々からは気味悪がられている。そんな場所が突如脳内にイメージされれば、舞那でなくとも気味悪がるだろう。
そんな場所に佇む雪希は周囲を見回し、何かを探すかのように目を凝らした。舞那も雪希同様に周囲を見回すも、特に怪しいものは見当たらない。
「ね、ねえ廣瀬さん、もう気味悪いし帰った方が」
「静かに……音が聞こえる」
普段から人通りが少ないため、この場所は基本的には静かで虫の声以外はほぼ聞こえない。
しかし今、この静かな場所のどこかから、僅かだが耳障りな音が聞こえている。水っぽい音の中、時折何かを砕くような鈍い音が混ざっている。舞那もその音を聞き、感じていた嫌な予感の正体ではないのかと若干震えた。雪希は神経を研ぎ澄まし、音がどこから聞こえているのかを耳で感じ取り始めた。
まずは左右どちらから聞こえているのかを確認。結果は右。
続いて、聞こえた方向のどこが怪しいかを確認。古びた住宅が並んでいるため正確な位置は分からないが、この場所からでも音が聞こえるということは、そこまで距離は開いていないと予想される。
「木場さん……私から離れないで」
「え? う、うん……」
あまり足音を立てないように近付く雪希と舞那。
距離が近付くにつれて、音はより鮮明に聞こえてくる。その音を聞いた舞那の脳内に、先日目撃した人喰いの怪物の記憶が蘇った。
知らない人間が目の前で骨を砕かれ、皮膚を裂かれ、内臓や血液が地に落ち、化物の胃袋に吸い込まれていく音。今聞こえている異音は、以前実際に耳にした気持ちの悪い音とよく似ている。確証はないものの、「また怪物が人が喰っているのでは」と思った舞那は、吐き気を堪えるかのように唾を飲み込んだ。
歩みを止めた雪希は、偶然にも音の聞こえる空き家の中を覗ける穴を見つけた。恐る恐るその覗き孔から空き家の中を覗き、雪希は中の様子を確認しようとした……のだが、覗いた瞬間、向かい側の穴に何者かの目が現れ、驚いた雪希は舞那の手を掴んで後ろへと下がった。
「木場さん……今からここで起きること、絶対に他言しないって約束できる?」
「起きることの危険度によっては保証できないかも……」
雪希の表情が少々険しくなったことで、状況を完全には理解できていない舞那はとてつもなく嫌な予感がした。
数秒後、空き家の壁を突き破り、人と同じ形をした怪物が現れた。その怪物は舞那が目撃したものとはまた違っており、今回の怪物は前回よりも少し小柄。さらに、前回目撃したプロキシーの体色は紫だったのだが、今回の怪物の体色は多少濁り気味の白。
怪物の右手には人間の頭部。引っこ抜かれた訳ではなく、首を捻り続けた結果千切れたようである。その証拠に、その人間の首には捻れたような痕跡がある。
そしてその怪物は舞那のトラウマを抉るかの如く、舞那と雪希の目の前で人間の頭部を喰らい始めた。顎の部分から喰い進め、肉と骨を砕きながら不快な咀嚼音を発し、トラウマが蘇った舞那の吐き気を促す。しかし今回は隣に雪希がいるため吐き気をなんとか堪え、その場から逃げるために雪希の手を引いた。
「早く逃げようよ!」
「だめ……こいつらは目撃者を絶対に逃がさない。私達のどっちか1人が逃げたら、こいつは逃げなかった方を先に殺して、逃げた方をどこまでも追って殺す」
「じゃあどうすれば……」
雪希はあたかもその怪物のことを知っているかのような発言をしたのだが、混乱している今の舞那がそれに気付くことは無かった。
「……木場さん、なるべく私から離れないで。木場さんは死なせたりしない。当然、私も死なない!」
舞那の手を振りほどき、胸元に隠しておいたネックレスを服の外に出した。ネックレスの先端には日本刀を模したアクセサリーが付いており、雪希はそのアクセサリーを右手で掴んで勢いよく腕を振った。すると、
「か、刀!?」
日本刀を模したアクセサリーは僅かに赤い光を発し、一瞬でアクセサリーは本物の日本刀へと変化した。
柄は赤く、鍔は黒く、刃は錆や汚れなどが一切見られない。
「説明は後でするから、今は私から離れずにいて」
雪希は日本刀を目の前に掲げ、刃の表面を僅かに見た後に目を瞑った。
息を吐き、精神を落ち着かせ、刀を振り下ろしてから、雪希は再び目を開いて息を吸った。
「変身!」
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