《3》 悪夢

 暗闇の中を走る舞那。道も壁も空も無い、永遠に続く闇。

 靴は履いておらず、今自分がどこを走っているのかも分からない。


「嫌だ……誰か助けて!」


 舞那を追う形で走る例の怪物。あの日運転手を喰った時のように大口を開け、唾液を撒き散らしながら舞那を追う。どこかへ隠れようにも、隠れる場所どころか障害物が一切無い。次第に身体の疲労が限界を迎え、走るスピードは低下していく。

 遂に舞那はその場に倒れ込み、振り返って怪物の姿を確認。しかし見回しても怪物の姿は無く、あの怪物を振り切ったのだと舞那は安心した。


「はぁ……はぁ……よかった……」


 直後、視界全てを支配していた闇が晴れ、闇の隙間から入り込む光が舞那の身体を照らした。


「出られた……助かっ……!?」


 晴れたはずの闇は指の形をしており、自らが座っている地面は弾力を帯びている。違和感を感じた舞那は光の方を見たが、そこにあったのは太陽でも照明でもなく、怪物の光る眼だった。そして舞那は気付いた。自分が走っていたのは闇の中ではなく、怪物の手中だったのだと。


「ひっ……嫌……」


 舞那を見つめる怪物は再び大口を開け、自らの手のひらに乗った舞那を喰いちぎった。鮮血が飛び散り、舞那は意識を残したまま内臓や骨を噛み砕かれ着々と死に近付いて行く。

 なかなか死ぬことができない舞那は、痛みに悶える最中に目を開く。自らは怪物の下の上で悶え、目の前には噛み砕かれた骨と千切れた内臓が散乱してい――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(またあの夢……でも、ちゃんと生きてる……)


 目を覚ました舞那は、先日見た怪物が夢に出たことを覚えていた。夢の中で自分は喰われたが、夢に見ただけで現実の自分は生きている。それを確認できたことで、舞那は少し落ち着けた。

 舞那が怪物を見てから2日が経過した。その間舞那が眠る度に、夢の中に怪物が登場する。

 夢を見て起きる度に、あの日のことを思い出して少し気分が悪くなる。しかし夢であるという安心感もあるためか、体調不良を訴えるほど深刻ではない。


(アラームまであと3時間ちょっとか……2度寝したら寝過ごしそうだから怖いな……でも眠いから寝よ)


 スマートフォンの画面には『3:13』と表示されている。平日は学校があるため、アラームは6時30分に設定している……のだが、朝まで続くはずだった快眠は悪夢により妨害された。しかしそのまま再び舞那は眠りにつき、次に目を覚ましたのはアラーム通りの時間であった。


 ◇◇◇


 朝の通学路。同じ学校の制服を着た生徒達が学校へ向かっている。無論、舞那もその生徒達のうちの一人である。

 因みに、舞那が通っている学校の名は五百雀いおじゃく女子高等学校。県内では中の上あたりに位置する学力ではあるが、生徒の半分は勉強が苦手。


「はぁ……」


 悪夢による若干の体調不良と、誰もが経験したことのある月曜日特有の倦怠感で、舞那は周囲に聞こえない程度にため息を吐いた。


「舞那おはよー」

「おはよー。あれ、どうしたの? 気分でも悪い?」

「あ、おはよう日向子、沙織。大丈夫、嫌な夢見ただけ」


 ため息を吐きながら歩く舞那に、友人の日向子と沙織が朝の挨拶をした。対する舞那の挨拶の声には元気がないため、体調不良か、はたまた機嫌が悪いのではと疑われた。

 西条さいじょう日向子ひなこ、16歳。外見は一般的ながらも、白が混じった美しい瞳が特徴。舞那とは中学時代からの付き合いで、互いに下の名前で呼びあっている。

 松浦まつうら沙織さおり、16歳。日向子同様外見は一般的ではあるが、見るものを引き込むような漆黒の瞳が特徴的。日向子とは幼稚園時代から一緒で、中学時代に知り合った舞那とも仲がいい。


「嫌な夢……そういや私、耳の穴にドリル突っ込まれる夢だった」

「日向子どした? 耳の病気にでもなるの?」


 日向子の見た夢は、知らない場所で座らせれ、突如現れた医者のような男が、その手に持っていたドリルを日向子の耳に挿入するというものだった。最早悪夢に等しい。


「私の夢は……なんかラマ見てたんだけど、それ以外はちょっと思い出せないな」

「ラ、ラマ?」


 対する沙織は、ただラマを見つめるだけの夢だった。こちらは悪夢とは言い難いが、少々謎である。


「まあどうせ夢なんだし、気にしない気にしない」

「仮に予知夢だったら怖いけど、そんなこと毎度気にしてたら長生きできないよ」


 実際に目撃した怪物と体験した恐怖により構成されたトラウマが、一応今回の夢の原因である。故に予知夢ではない。

 しかし沙織と日向子の言葉に励まされた舞那は、悪夢により感じていたストレスから若干開放された。ただトラウマから開放された訳では無いため、暫くは悪夢に魘されるのだろう。


「……そうだね。少なくとも30歳までは生きたいし、気にしないようにするよ」

「そうそう。気にしたら負け……って、もう少し生きようよ」


 その後も会話は広がり、3人は会話を止めることなく学校へ向かった。


 ◇◇◇


 登校後暫くしてから3時間続いた悪夢のような時間。

 その3時間に呻吟する生徒の数は全体の8割。残った2割の生徒は自らの実力を発揮していたが、一部の生徒は実力、及び事前に仕入れていた情報の範疇を越えた問いに頭を抱えた。

 そして一握りの生徒は、問いに対する適切な回答を冷静に導き出し、残された悪夢の時間を静かに過ごした。

 その後暫くしてチャイムが校舎内に響き渡り、生徒達は悪夢の時間から解放。生徒達は解放を実感して脱力し、もう少しで訪れる自由を夢見た。

 しかし自由も永遠に続くものではなく、また翌日になれば新たな悪夢がスタートする。それでも生徒達は、今目の前に迫った束の間の自由に向かって歩きだそうとしていた。


「あ~死んだ……多分死んだ……」

「いやまさか、テスト範囲外の問題がでるとはね……先生も性格悪いよね。まあ分からないことはなかったけど」

「え? テスト範囲じゃない問題なんかあった?」

「……日向子、テスト範囲が書かれたプリントちゃんと見た?」


 本日は待ちに待った期末テストの1日目。誰が待っていたのかはさておき、1日目は3科目のテストが行われた。

 舞那は頭がまだ良い方であったため、テスト範囲外の問題以外は特に問題なく回答した。まだ3科目だけだが、現時点での舞那の平均点は83点。苦手科目である数学が脚を引っ張っているものの、他の2つの点数が高いためどうにか補えた。

 日向子曰く、今回のテストの点数は低い。その予想は正しく、現時点での日向子の平均点は64点。これは問題が難しい訳ではなく、ただ単純に日向子の頭が残念なだけである。

 無論、日向子はテスト範囲などというものは確認していない。というかそもそも確認などする気がない。明日以降行うテストを含め、日向子の今回のテストの合計点は言うまでもなく低いが、クラス最下位は免れている。因みに沙織はテスト範囲を確認し、十分に実力を発揮したため、現時点での平均点は96点。

 コンビや兄弟は、片方が秀でていればもう片方は残念であるという都市伝説があるが、日向子と沙織のコンビはまさにその通りである。


「よし! 気分を変えてどっか遊びに行こう……と思ったけど、家の用事があるから行けないや……」

「残念でした。じゃあ早く帰ろう」


 日向子はテスト後に遊びに行こうとしていたが、偶然にも家の用事と重なってしまい計画失敗。

 舞那の発言を受け入れて結局そのまま帰宅することになった。

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