舞那の変身

《1》 墓参り

 2018年7月2日。

 8時丁度に設定されたスマートフォンのアラームが、深い眠りについていた舞那の目を覚ました。

 霞んだ視界でアラームを止め、重い身体を無理矢理起こしてベッドから下りる。


「ふぁぁ……眠た……」


 木場きば舞那まいな、16歳。

 前髪パッツンと、ブルーグレーのフレームの眼鏡が特徴。低身長ではあるものの、平均よりも全体的に若干ふくよか。それによりもたらされた校内トップクラス巨乳により、入学当初から生徒達の目を引いていた。

 しかし捉え方によれば一種の『ぽっちゃり』であるため、本人はあまり自らの体型を好ましく思っていない。


(何着ていこうかな……下は普通にスカートで……そういや、買ってからまだ1回も着てないやつがあったっけ。あれ着てこう)


 自室の引き出しを開け、服を取り出して着替え始めた舞那。

 水色のスカートと柄の入った白いTシャツを着て、鏡の前に立って自分の姿を確認。若干寝癖があるものの、外出しても問題がない状態にはなった。

 着替えを終えた後、歯磨きや化粧などやるべきことを早急に済ませ、舞那は父の居るリビングまで向かった。


「お父さんおはよ」

「おはよう。すまないな、せっかくの休みなのに」

「いいよいいよ。それにお父さん一人だけが行ったら、お母さんあんまり喜んでくれないと思うし。一人娘の私が顔出さないとね」


 木場きば誠一せいいち、40歳。舞那の実父である。

 職業は小説家なのだが、家に居る時間が基本的に長いため、近所の人からは『無職なのではないのか』と密かに噂されている。

 誠一自身はそのことを知らない。


「そうだな……さて、じゃあ行こうか」


 起床後30分未満の舞那だが、既に準備は万端。学校の日以外は基本的に朝食を食べないため、その分早く行動できる。

 舞那と誠一は必要最低限の手荷物を持ち、ガレージに入れてある車に乗って家を出た。今日は母親に会いに行くため、舞那は普段の休日よりも早く起きた。

 そしてその目的地は市内に存在する、墓地である。

 舞那の母、翔子は数年前事故に巻き込まれ、直後に病院で他界している。その後、舞那と誠一は定期的に翔子の眠る墓に来るようになり、来る度に墓石の掃除、お供え物の入れ替えを行っている。


「そうだ、お供えの花を買っていこうか。途中で寄り道するけどいいかな?」

「花か……じゃあ造花にしようよ。本物だったらいつか枯れちゃうけど、造花だったら枯れない。それにお母さんが部屋に置いてたのも造花だったし、造花の方が喜んでくれるんじゃないかな?」


 翔子は生前、自室にいくつかの造花を飾っていた。本物の花ではなく造花を飾っていた理由は舞那の述べた通り、枯れる心配がないためである。


「母さんは確か金盞花が好きだったから、金盞花の造花にしようか」

「だね。じゃあ早く買いに行こ! お母さん待ってるよ!」


 舞那達は墓地に向かう途中でショッピングモールに寄り、予定通り金盞花の造花を購入。その後お供え物を食品館で購入し、予定よりも若干遅れたが墓地へと到着した。


 線香の匂いが充満する、どこかスピリチュアルな雰囲気を醸し出す市内の墓地。その中に紛れ込む木場翔子の墓。

 舞那と誠一は翔子の墓を洗い、続いて墓の前で線香をあげ、合掌をして心の中で翔子と会話をする。しかし会話とは言ったものの、当然返答があるわけでも相槌を打つ訳でもなく、ただただ一方的に話しかけているだけなのだが。


(お母さん、今年も来たよ)


 合掌を終え、持ってきていた造花と、生前翔子が好きだった菓子類や飲料を一旦供え、再び墓の前にしゃがみこんだ。

 話したいことを簡潔にまとめ、舞那と誠一はそれぞれ話していた。

 ある程度時間が経ち、造花以外の供え物を回収した舞那と誠一は、翔子に別れを告げて墓から離れようと立ち上がった。


「ん?」


 その時、舞那の耳に金属音のような音が流れ込んだ。その音は決して小さくはないが、誠一は全く聞こえていないようだった。

 舞那はその音を当然聞き逃しておらず、気になった舞那は音の鳴った方へ目を向けた。

 翔子の墓、お供えを乗せるところには、本来ならば線香立てと造花しか置かれていない。しかしそこには、あるはずのないものがいつの間にか存在していた。


(何これ……?)


 それは見覚えのないシルバーアクセサリー。それはファンタジーに登場するような盾の形を模しており、所々青く染色されている。

 見覚えはない。しかしどこかで見たことがある気がする……という謎の矛盾が舞那の中で生じた。

 だが、あくまでも『気がする』だけであるため、何かの番組や同じ物を誰かが持っていたのだと、舞那は自らに言い聞かせた。


(でも……なんでこんなところに?)


 ただ、なぜ先程まで無かったものがそこに存在しているのか、それだけはどうにも予想ができない。

 最終的に『カラスが落としていった』という少々強引な解釈をしたのだが、音がしたタイミングではカラスはいなかった。


(あ、拾わないと……)


 見覚えのない謎のアクセサリーを、舞那は躊躇うことなく拾い上げた。


(あれ? なんで私、これ拾ったの?)


 アクセサリーを拾い上げ、舞那は自らの行動を疑問に思った。

 普通ならば、舞那は外に落ちているものを拾ったりはしない。稀に好奇心で何かを拾うことはあるが、今回の場合は『拾わなければいけない』という思考により、勝手に身体が動いていた。


「舞那、置いていくぞ」

「あ、ちょ! 待ってよ!」


 舞那はアクセサリーを握ったままその場から離れ、誠一と共に自宅へと戻るため車に乗り込んだ。


(このアクセサリーどこかで……あーだめだ! 全く思い出せない!)


 墓地で拾ったアクセサリーを自分はどこで記憶したのか。考えても考えても、舞那はその答えに辿り着くことができない。そのうち考えることに飽き、舞那は思考を一旦停止させて目を閉じた。

 前日の夜更かしが影響し目を閉じて10数秒で舞那は眠気に襲われた。家に着くのは約15分後。その間舞那は眠りにつくことにした。


「うお!?」


 しかし車の急ブレーキで発生した反動により、深くなりかけていた舞那の眠りは妨げられた。さらに誠一の車は少し古いマニュアル車であるため、急ブレーキによりエンストしてしまった。


「何だあれ……」

「どうしたの……え!?」

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