色彩少女
智依四羽
第1章 繰り返された色彩
リセットと希望
2019年3月17日。
音を立てて激しく降り注ぐ雨。
周囲には知らない人間がいくつも転がっており、ほぼ全てが目を開いて身体のどこかしらから血を流している。
人の声もせず、動物の声もせず、ただ聞こえるのは屋根と地面に当たる雨音だけ。
生きている心地がしない涅槃のような空間で、金髪の少女は堪えることのできない涙を零す。
落ちた涙は自らの膝に乗せた黒髪の少女、
「雪希ちゃ……泣か、ないで……」
舞那の声は掠れており、今にも消えてしまいそうなか細い声で雪希を慰める。
しかし雪希は泣き止むことなく、あらゆる感情が込もった涙を流し続けた。
「私……雪希ちゃんが生きててくれるなら……それで、いい……」
痛みに耐えながら、舞那は雪希へと笑顔を向けた。
まるで痛みを感じていないような笑顔は、雪希の悲しみを和らげるのではないかと思われた。
しかしそれは逆効果だった。笑顔は悲しみをさらに増幅させ、流れる涙の量を増やした。
「舞那がよくても……私は舞那がいないと嫌だ! まだ一緒に遊びたいし、まだ一緒に話したいこともいっぱいある……だから生きてよ!」
刻々と死が近づく舞那を脚で感じながら、雪希は自らの思いを打ち明けた。
雪希の思いを聞いた舞那からは笑顔が消え、悲しんでいるであろう表情へと変化した。
「……私だって、雪希ちゃんと生きたかった……けど、もう……雪希ちゃんが見えなく……」
雪希の頭を撫でていた舞那の手は力を失い、糸を切られた操り人形のように地面に滑り落ちた。
脱力した手が石で作られた地面に当たり、鈍く痛々しい音が鳴る。
舞那の息と声が消え、雪希の耳に入る音は雨音と自らの心音、息だけになった。雨音はいまだに騒がしいが、雪希にとってのこの雨音は一種の静寂に等しい。
舞那の瞼は僅かに開き、隙間から覗く眼球は雪希に"舞那の死"を理解させた。
舞那が息絶えた悲しみと絶望で、先程にも増して涙を流す雪希。
「えぐっ……舞那ぁ……」
舞那の両脚は既に無くなっており、腹部からは大量の血液が流れ出ている。
眼球は乾燥し始め、少し前までは艶のあった唇も変色してしまった。
制服はビリビリに破れており、破られた箇所からは血に濡れた柔肌が覗いている。しかしその柔肌も少し時間が経てば硬直し、死臭を放ち始めるのだろう。
「舞那ぁ……」
舞那の遺体を抱き締め、雪希は嗚咽混じりに名前を呼び続けた。
しかしいくら名前を連呼しても、再び目を開けることはない。
そして少し時間が経った頃、
「っ! 嫌……逝かないで……」
抱き締めた舞那の身体は乾いた泥人形の様に崩れ始め、地面に落ちた直後に砂へと変わった。傷口の血も乾き、肉体と共に砂となり消えていく。
数秒経てば舞那の全身は崩れ落ち、完全に砂へと変化してしまった。
雪希の腕には破れた舞那の制服と砂だけが残り、つい数秒前まで感じていたはずの舞那の温かさと柔らかさも消えた。
僅かに風が吹けば砂となった舞那が飛んでいき、吹かれる度に舞那との時間が雪希の脳内に蘇る。
会話、戯れ、共闘……フラッシュバックする記憶は勿論、楽しい思い出と辛い思い出の両方で構成されている。しかしなぜか、脳内には楽しい思い出ばかりが蘇る。
舞那との死に別れを受け入れきれない雪希は、砂になった舞那を掻き集めて掬う。
しかし手の震えと風により砂は再び地に落ち、風と共に雪希の手から離れていった。
「あぁ……ぅああああ!」
舞那を失った悲しみから涙を堪えられない雪希。
そんな時、雪希の背後に衣服を纏っていない女性が現れた。女性は雪希に気を使うわけでもなく、自らの役割を果たすために雪希に声をかけた。
「生き残ったのは君だ、廣瀬雪希。さあ、君はこの後神と同等の力を得るが……君はその力を使って何をする? 木場舞那を生き返らせる……かな? ただ、木場舞那は戦いの記憶を全て失った状態で生き返ることになる。再会したところで、木場舞那からすれば感動も何も無いだろうね」
舞那の死を憐れむような素振りもせず、女性は無情とも言える態度で質問をした。
女性の態度に怒り、及び殺意を抱いた雪希。
しかし雪希は、この女性を殺したところで何にもならないことを理解している。そのたて反抗的な態度を取るわけでもなく、自らが掲げた願いを女性に打ち明けた。
「……私は、私のしたいことは……」
降り続ける雨の中、雪希は自らの描く理想を思い浮かべた。
そして暫くして、雪希の描いた理想は現実へとなり始めた。
刻々と、目まぐるしく変わりゆく世界を眺めながら、全裸の女性"メラーフ"は、消えていく『今日』を記憶し、改めて始まる新たな『今日』を待ちわびていた。
「さて、どんな世界になるのかな……」
二度と彼女達に会うことは無い。そう思いながら、メラーフはその場から忽然と姿を消した。
そして消えゆく時間の中で、常識を否定し、一瞬ではあるものの理すら超越した雪希は、砂となり消えてしまった舞那に語りかけた。
「ねえ舞那……私達、また会えるよね? 私達が戦わなくて済むような世界で、普通の女の子として……」
世界と共に、雪希の身体も消滅を始めた。
痛みは無く、消えゆくことに対する負の感情すら無い。
ただあるのは、次に自分達が歩む世界に対する期待と、何の蟠りのない状態で舞那と再開できることに対する希望。それと僅かな本心だけである。
「気持ち悪いって思うかもしれないけど、私、舞那のこと……」
世界の全てが消滅し、つい数秒前まで雪希が過ごしていた時間は無かったことになった。
それでも消えてしまった時間は、世界を変えようとした雪希、及びメラーフの脳内に残り続ける。この先も、この時間は永遠に消えない。
対して、その時間を生きた舞那達にその記憶は残らない。
それでも雪希は、この世界を作り変えたいと願った。
世界が消え、自分達が生きた時間が消えてしまったとしても、確かに自分達はこの世界に存在していた。
今後、誰かがそれを証明することは決してない。しかし雪希は後悔していない。
新たな世界で普通の少女として生きる。それが"雪希達"の願いであるからだ。
世界が消え、ただ一人残されたメラーフは、新たに作られる世界を眺めていた。
雪希とは比べ物にならない希望を抱きながら。
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2018年5月20日。
この日は春の低温も、夏を控えた多少の高温も無く、非常に過ごしやすい気温だった。
雲一つない快晴の下で、メラーフは雪希と向かい合い、これから始まるであろう戦いのことを話している。
淡々と話し続けるメラーフは会話の最中、何も無いはずの場所に空間の歪みを生成。歪みの中にゆっくりと手を挿入した。
歪みの中からメラーフは一部が赤く染色されたシルバーアクセサリーを取り出し、それを雪希の前に突き出した。
「……ということがあってね。悪いが、君には"駆除"を手伝ってもらいたい」
物音一つしない、恐ろしい程に静まり返った住宅街で、メラーフは雪希にアクセサリーを手渡した。
「何か見返りはあるの? 何も無いんだったら私は"もう"戦わない」
「見返りね……じゃあ、神に等しい力なんてどうかな。知ってるとは思うが、その力さえあれば、君は思うこと全てを実現させることができる。まあ、それは最後まで生き残れば、の話だけどね」
僅かだが、メラーフの言葉で雪希の脳内に迷いが生じた。
しかし暫く迷った末、雪希はようやく自らの答えを出すことができた。
「……戦う。私には守りたいものがあるし、どちらにせよ私は戦う運命……でしょ?」
「……分かってるじゃないか。じゃあ僕は、記念すべき1人目のプレイヤーである君に期待を寄せる。それじゃあ頑張ってくれ」
この瞬間、本来ならば始まるはずのない、少女達と怪物による殺し合いが始まってしまった。
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