回想:思い出の結実(後編)
「……お互いの受験番号を見るってこと?」
「うん。でなきゃ、あたしとても掲示板を見れないっ」
「……う、うん。いいよ」
「ありがとっ」
あまりの勢いに、つい頷いてしまった。
ほっと胸を撫でおろす灯絵。
だけど——少し考えて、僕はすぐに気づいてしまった。
その提案の問題点に。
「(僕と灯絵、受験番号が連番なんだけど……)」
お互いの受験番号を見ようとすると、必然的に自分の受験番号が目に入ってくる。
なので、灯絵の提案にはあまり意味がないんだ。
灯絵は、それに気づいているんだろうか?
そう思って、そっと顔色をうかがう。
「(あっ、これ絶対気づいてないやつだ)」
灯絵は『あたしナイス、ナイス発想』と言わんばかりの表情で安心していた。
指摘するかどうか、一瞬ためらう。
だけど、今の灯絵にそれを言うとさらにテンパって、余計に掲示板を見られなくなるだろう。
何より、ナイス顔の灯絵があまりに可愛くて、とてもじゃないけど言えなかった。
「じゃあ、せーので見ようね」
「タイミング、ずらしちゃだめだからね」
「うん。わかった」
めっ、と人差し指を立てる灯絵。
僕もそれを真似して笑いかけると、少しだけ灯絵の緊張がやわらいだようだった。
一瞬ふにゃっとした笑顔で頷くと、すぐにその表情を引きしめる。
僕も頷き、ゆっくりと、声を揃えた。
「「せー、のっ」」
視線は、同時に掲示板へ向かう。
規則正しく並べられた数字の中に、あるべき番号を探した。
灯絵は、1011番を。
僕は、1012番を。
お互いを表す4ケタの数を、祈りながら。
結局は、僕も緊張していたみたいだ。
数字を追うごとに、動悸が早くなっていくのを感じる。
それにつれて、数字もどんどん近づいてくる。
1005番。
1007番。
1008番。
そして——
「あ、った」
どちらの声だったのか。
その声をきっかけに、顔を見合わせた。
灯絵は、どこかあっけにとられたような顔をしていて。
ああ、見つけたんだな、と僕は悟った。
僕の番号を。
そして……その真下に並んでいる、もう一つの番号を。
僕も、きっと同じ顔をしていただろう。
「……あったよ。けーくんの番号」
「灯絵の番号も、あったよ」
取りこぼしたような灯絵の言葉に、僕は頷きを返した。
表情はそのまま、灯絵の頬にはだんだん赤みがさしていく。
「…………あった。あったよ」
「うん。あった」
「あった」
「うん」
「あった、んだよ」
「あったね」
繰り返すたびに、灯絵の顔には大きな喜びが浮かんでいく。
表情は、やがてその重みに耐えかねて、くしゃっと潰れた。
ひとつぶ。
ふたつぶ。
あっという間に、そこには大粒の涙が浮かんで。
「…………うわああああああんっ」
「おっと」
灯絵は、真っ直ぐに僕の胸へと飛び込んできた。
よろけながらも、何とか抱き止める。
「あっだよぉ。げーぐんっ」
「うん」
「受がっだよぉぉぉおっ」
「……うん」
受け止めた灯絵の身体を重いと思ったのは、初めてだった。
それはきっと、ここまでの努力の量だとか。
この受験にかけた想いだとか。
ついさっき生まれたばかりの安心感だとか。
その全てが合わさった重みなのかもしれない。
「おめでとう」
「よく頑張ったな。灯絵」
「本当に、よく頑張った」
言いたいことは、いろいろあったはずだった。
だけど、その先が続かなかった。
きっと、これが、胸がつまるという感情なんだろう。
想いが渋滞していて、言えない。
僕にできるのは、頑張ったな、と繰り返すこと。
そして、腕の中の温もりをぎゅっと抱きしめることだけだった。
「げーぐん、っと、おなじだいがぐにっ、行げるごどがっ」
「ほんどうに、うれじいの」
「うわああああああんっ」
灯絵の顔は、今までで一番くしゃくしゃで。
今までで一番綺麗だと思った。
気づいたら、僕の頬をも涙が伝っていた。
それを見られるのは照れくさくて、いっそう強い力で灯絵を抱きしめる。
だけど、それだけじゃなかった。
4月から新しい生活が始まるんだ、という期待と。
僕と合格したことを喜んでくれる彼女への深い愛情と。
このいじらしい恋人を一生大切にするんだ、という真っ直ぐな決意と。
それらの入り乱れた、『幸福』という暴力的なまでに強い感情を込めて。
僕らは、いつまでもその場で抱き合っていた——
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