【番外編】漆黒に咲く④

「……綺麗だな」


その光景から溢れ出すように、夕星はそう呟く。


「……ええ」


涼やかな声で、咲ちゃんも頷く。


「本当に、綺麗……」


その声は、一つ一つ、夜に溶けて消えていった。

あの花火と同じように。

ちらっと、辺りを見回す。

灯絵も。

衣典も。

夕星も。

咲も。

それぞれが、違う角度から夜空を仰いでいて。

だけどその顔は、みんな同じように見えた。

とても優しくて、まっすぐで。

例えるなら——日々を愛おしむような、そんな表情だ。

なんとなく、I love youを『月が綺麗ですね』と訳す理由が分かった気がする。

そのyouは、恋人の灯絵だけじゃない。

この場にいる全員に、感謝と親愛の想いを込めてだ。

『花火が綺麗ですね』。

今、口にするのに適切な言葉は、他にないだろう。


「ねぇ、」


……と。

突然、灯絵が立ち上がった。

みんなの視線が空を離れ、灯絵を向く。

それに応えるように、灯絵も振り向いた。

その表情は、目の前で、だんだんふにゃっと崩れていって。

やがて——誰よりも華やかな笑顔を浮かべた。


「あたし、みんなと知り合えてよかった」


それは、屈託も恥じらいも一切ない、まっすぐな言葉。

そして、本当に幸せだとはっきり分かる、心のこもった言葉。


「まず最初に衣典と出会って……」


灯絵は、唐突に衣典の方を向く。

面食らう衣典に、ちらっと歯を見せて笑った。


「初めてで、唯一の親友ができた」


その後、灯絵の視線は僕へと向かう。


「衣典は、けーくんをあたしに紹介してくれたよね」


そして今度は頬を染めて、少し照れた表情を見せる。


「初めは、こんなに素敵な彼氏ができるなんて、思ってなかった」


照れ隠しなのか、灯絵は僕からすぐに視線を逸らす。

今度は、僕の隣へ。


「けーくんの親友として、夕星くんと知り合って……」


その後、咲ちゃんの方を向いて、少しいたずらっぽく笑ってみせた。


「その彼女が、けーくんのバイトの後輩の咲ちゃんだって知った時は、びっくりしたなぁ」


みんなが優しい表情で見守る中、灯絵はくるりと背中を向ける。

とん。

とん。

とん。

二歩三歩、小鳥のように前へ進んだ後。

灯絵は、ふわりと軽く両手を広げて、空を見上げる。

僕らが出会ったあの日のように。


「ここにいるみんなが、あたしは大好きなの」

「普段は、講義やバイトのタイミングが合わなかったりで、5人全員が集まることってあんまりないけど……」

「今は、みんなが揃って、こうして花火を見てる」

「これって、ちょっとした奇跡みたいだよね」

「来年もまた、5人で花火を一緒に見たい」

「ううん」

「花火だけじゃなく、初詣だって」

「色んなことしたいなぁ……」


その言葉を聞いて、僕ら4人は顔を見合わせた。

そして、ふっ、と笑みを交わす。

その通りだ、と言うように。

そう。

皆、言葉にしなくても、想いは同じだったろう。

だけど、それを言葉にするのは、いつも灯絵なんだ。

はたから聞いていると、少し恥ずかしいような言葉でも。

それが、灯絵の何よりの魅力で。

そんな彼女のことを、僕は心から、誇らしく思う。

……と、その時。


「わぁ……」


どん、どん、どん、と。

さっきまでなりを潜めていた花火が、突然一斉に上がり始める。

雪崩のように。

狂ったように。

恐らく、これがクライマックスなんだろう。

言葉を失った僕らは、ただじっと、その光景を見つめていた。

美しい沈黙に、花火の弾ける音だけが響く。

『花火が綺麗ですね』。

そんな言葉すらいらないくらいに。

僕ら5人はただ、花火に満たされていくこの夏の終わりを、じっくりと味わっていた——












**********




番外編にお付き合いくださりありがとうございます。

来週から本編に戻ります。


……ふ、復習しといてよねっっ(ツンデレ風)

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