【番外編】漆黒に咲く①

***




「えっと……この辺かなぁ?」


「うん。夕星はそう言ってた」


僕ら二人が辿り着いたのは、夏祭りの会場を少し外れた場所だった。

でも、少し外れただけで、その場の雰囲気は全く違っていた。

薄暗くて。

静かで。

人の気配はほとんどない。

なのに、ここにいるだけで、ますます汗が滲んでくる気がする。

夏の夜特有の、濃密な空気の溜まり場みたいだ。


「えっと、みんなは……」


きょろきょろと、辺りを見回す灯絵。

と、その少し向こうに、手を振っている二つの影を見つけた。


「おーい、二人とも。こっちだ」


「あ、いたいた。お〜い」


灯絵は、手の荷物を落とさないように小股で、心持ち早足で歩きはじめた。

僕も、すぐにその後を追う。


「慌てなくていいぞ。足元に気をつけてな」


「大丈夫大丈夫っ、お待たせ〜」


3メートルくらいまで近づいて、ようやくその姿がはっきり見えてくる。


「ありがとな。お疲れ様」


「……ありがとうございます。計斗センパイ、灯絵センパイ」


そこにいたのは、やっぱり夕星と咲ちゃんだった。

ひらひらと手を振りながら僕の方へ歩いてくる夕星は、今日は黒い甚兵衛を着ていて。

普段と違う夏の装いが、男の色気とも呼ぶべきものを色濃く感じさせる。


「……あれ? 衣典は?」


「衣典サンには、先に行って場所を取ってもらってる」

「空いてたし、場所を取る必要はないと思うけど……まぁ、一応な」


「そっか」


「じゃあ、早く行かなくちゃ。きっと、衣典も一人で寂しくしてるよ」


「そうだね。花火ももうすぐ始まるし」


「ああ。でもその前に、それ、貰っとく」


夕星は、僕の持っている荷物を指さした。

あぁ、と、僕と灯絵は顔を見合わせて頷く。


「はい。これが夕星リクエストのたこ焼き、焼きそば、じゃがバター」


僕は、夕星に持っていた食べ物を差し出して。


「で、これが咲ちゃんリクエストのりんごあめだよ」


灯絵は、その横の咲ちゃんに割り箸の部分を握らせる。

確かに受け取ったのを確認してから、僕達は夕星に従って歩きはじめた。


「……ありがとな。俺らの分まで買いに行ってもらって」


道すがら、夕星は、頬をかきながら声をかけてきた。

僕は笑って頷く。


「全然いいよ。ああいう夏祭りの雰囲気、好きだから」


「金は足りたか?」


「足りた。お釣りは後で渡すよ」


「いや、お釣りは取っといてくれ。買いに行ってくれたお礼だ」


「え、でも」


「いいからいいから。むしろ、受け取ってくれた方が助かるんだ」


そこまで言うと、夕星は苦笑して、後ろをチラッと振り向いた。


「……このままじゃ、咲の気持ちが済まないだろうしな」


つられて振り向く。

僕と夕星の後ろを、灯絵と咲ちゃんが並んで歩いている。

それだけなら、何でもない状況だ。

だけど——その咲ちゃんは、明らかに沈んだ顔をしていた。

今まで見たことがないほど。


「……本当に、申し訳ありません」


振り向いた僕と灯絵に向かって、咲ちゃんは深く頭を下げた。

きっかり斜め45度、最敬礼の角度だ。


「こうなることを予測しておくべきでした」


そう。

さっきまで僕達が別行動をしていたのには、理由がある。

今日は、花火大会の日。

場所は、夕星の地元。

大学の最寄駅で集合した僕達は、電車を乗り継いでここまでやって来た。

その後は五人で屋台を回って、戦果品を食べながら花火を観る予定だった。

だけど——ここで不測の事態が起こった。


「すごい人だったねぇ……」


咲ちゃんを女優か何かだと勘違いした会場の男性達が、一斉に咲ちゃんに群がる事態になってしまったんだ。

夕星が横にいるのも構わず。

そうして人だかりができてしまい、人がさらに人を呼ぶ。

これはまずいということで、夕星と咲は一旦会場を離脱。

予定を変更して、屋台での買い物は僕と灯絵の二人で行い、花火の会場で合流することになった、というわけだった。


「しょうがないって。咲ちゃんの安全の方が大事だよ」


「そうそう。横にいるあたしですら、あれには身の危険を感じたもん」


「……夏祭りに行くなんて久しぶりで、浮かれてました。私のミスです」

「もう少し人気の少ない道を歩いたり、顔を隠したり……対策はいくらでもできたはずなのに」


「(……本当にそうか?)」


目の前の咲ちゃんは、今、青地に赤い金魚の柄が散りばめられた浴衣を着ている。

大和撫子といった外見の咲ちゃんには、本当によく似合っている。

だけど、問題はそこじゃない。

問題は——いつもおろしている髪を、色とりどりの簪で上げてしまっていることだ。

咲ちゃんの真っ白なうなじが覗いている。

そこは少し汗ばんでいて、圧倒的な『色気』というものが立ち香っている。

立っているだけで空気がキラキラするような咲ちゃんに、そんな大きな魅力が加わってしまったら。

例え顔を隠していたとしても、世の男性が……いや、女性でさえ、思わず振り返ってしまうのは仕方ないことだろう。

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