誰も寝てはならぬ②
「……もう。どうしちゃったのさ」
灯絵は、どこか勘ぐるような、だけど嬉しそうな顔で訊いてくる。
「どうした、って?」
「さっきから、好きだーっていっぱい言ってくれてるから」
「何か企んでるのかな、って思ったの」
「企むって……」
苦笑してしまう。
信用がない——と言うより、
「そんなに普段、好きって言ってないかな?」
「言ってくれるよ。言ってくれるけど……」
「『僕も』好きだよ、って言ってくれる事がほとんどなんだもん」
「あたしが好きって言った返事に」
「けーくんから積極的に言ってくれることって、あんまりないでしょ」
「いや、それはそうだろう」
思わず、呆れるような声が出た。
だって、それには、僕にも言い分はある。
僕だって、今まで何度も好きと言おうとした事はあるんだ。
——だけど、
「僕が言うより先に、灯絵が先に言っちゃうんだから」
「僕も、って言うしかないだろ?」
「だって、気持ちが溢れちゃうよ」
「好きなんだもん。しょうがないよ」
悪びれるでもなく。
ふふふん、と灯絵は自慢げに笑う。
そして、ゆっくりと語りかけるように。
「好きって気持ちは、声に出して伝える。あたしの持論なの」
「けーくんだって経験あるでしょ」
「好きなバンドがいつのまにか解散しちゃってたとか」
「好きなイラストレーターさんが活動をやめちゃってたとか」
「好きって言葉は、その時その時に、ちゃんと声を出して伝えなきゃ」
「いつ言えなくなるかわからないんだよ?」
何度も聞いてきた、灯絵の持論。
だけどこの時ばかりは、本当に刺さった。
『いつ言えなくなるかわからない』。
それを先日味わったばかりの、僕の心に。
「……うん、そうだね」
ああしていれば、こうしていれば。
伝えていれば、話していれば。
どれだけの後悔をしただろう。
どれだけの苦痛を味わっただろう。
だから、僕は笑いかける。
「確かに、その通りだ」
「でしょ」
こうして今、二人は再会している。
向かい合っている。
だけど、この最後の時間だって、いつまで続くのか分からない。
だったら、何度でも伝えるべきだと思う。
「だからほら、けーくんももっと言っていいよ?」
「あたしのことが大好きーって」
「灯絵。好きだ」
灯絵はびっくりして僕を見る。
本当に言うとは思わなかったんだろう。
僕は灯絵を見つめて、もう一度。
「愛してる。心から」
しばらく目を見開いて、固まっていたけれど。
魔法が解けたみたいに、灯絵はふにゃっと、笑ってくれた。
それはきっと、今まで見てきた中でも、最上級の笑顔だった。
「……あたしも。けーくん」
「愛してる……」
それからしばらく、二人の間に言葉はなく。
ただ寄り添い、触れ合うだけの時間を過ごした。
枕でくしゃっと潰れた髪の毛を梳かすように撫でて。
柔らかく触れる肌の、その冷たさごと抱きしめて。
その度、灯絵は欠伸する猫みたいに身を震わせて。
気持ちよさそうに笑ってくれる。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と思う。
だけど、きっとそうじゃない。
だから、僕は手を伸ばす。
灯絵の方へ、何度でも。
——そうして、どれだけ経っただろうか?
不意に、灯絵は僕から目を逸らして、枕元にちらりと目をやった。
「ねぇ、けーくん」
「あと5分だね」
「5分?」
訊き返す僕に、灯絵は笑いかけた。
うっかりさんだなぁ、とでも言うように。
それは、ひどく優しい表情だった。
「けーくんの誕生日まで、だよ」
**********
中途半端な所ではありますが、来週からちょこっと本編をお休みして、
『番外編:5人の夏祭り』
的なIFストーリーを挟もうと思います。多分3話くらいで完結します。
お盆の今日から始めようかとも思ったのですが、引っ越しの準備やらなんやらで無理でした。ゆるしてね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます