誰も寝てはならぬ①

***




「……えへへ」


あれから少しして。

僕達は、同じ毛布にくるまっていた。

ほんの5センチほど。

そんな近くに、灯絵の顔はある。

枕代わりにと差し出した腕に、えいやっと飛び乗るようにして。

僕を覗き込むその笑顔には、照れと、それ以上の喜びを滲ませて。


「(……軽い)」


白くて、華奢な肩だった。

びっくりするほど。

軽すぎて、本当に存在するのかと疑ってしまうほどだ。

だけど——腕に伝わる温度が、あまりにも冷たくて。

そのせいで、彼女の存在は、疑いようがなかった。


「あ、そういえば」


喋るたびに、息が少し顔にかかって。

その息すら、ひやりと僕の頬を撫でる。


「同じゼミの子に聞いたんだけどね」


「(幽霊……か)」


色を失ったみたいに、身体が薄くて。

火傷しそうに冷たくて。

だけど、足はちゃんとあって。

生きている時と変わらない顔で、笑っている。


「(幽霊って、こういうものなのか?)」


分からない。

何せ、幽霊と会うのはこれが初めてなんだ。

……だけど、僕はもう、気付いている。


「うん」


目の前にいるのは『幽霊』なんかじゃない。

『灯絵』でしかないんだって。

ご飯の時の会話で、はっきり解った。

だから、もう間違わない。

目の前の彼女から目を逸らすことは、もう二度としない。


「ちょっと前、デートで通りかかった水族館、あったでしょ」


「ああ、改装工事してて入れなかった所?」


「うん、そこそこ」

「あそこね、改装が終わって、リニューアルオープンしたんだって」


「そうなんだ?」


「うん。クラゲコーナーがすっごく充実してるらしいよ」

「けーくん、クラゲ好きでしょ」


「うん、クラゲも好きだよ」

「時間の流れがゆるやかって感じで、見てて落ち着くからね」


「えへへ。あたしも」


そこで灯絵は、思い出したように付け加える。


「あ。あと、けーくんの大好きな魚もいるって」

「何だっけ。ちっちゃい魚なのに、何だか渋い名前の……」


「ゴンズイ?」


目の前に灯絵がいるので、身を乗り出せない。

だけど、少し離れていたら、間違いなく乗り出していただろう。

だって、それは、僕が一番好きな魚だから。

僕の声が裏返ったのを聞いて、灯絵は苦笑しながら頷く。


「それそれ。けーくん、ほんと好きだよね」


「だって、綺麗じゃないか。ゴンズイ」


灯絵の言う通り、ゴンズイの一匹一匹は小さな魚だ。

だけど、その個体の弱さを補うためか、彼らは集団でゴンズイ玉と呼ばれる群れを作る。

大きな団子みたいに密集して、ぐるぐる回転しながら前へ進むその姿は、光をキラキラ反射して、とても綺麗なんだ。


「あたしは、何だか、タタリ神に見えたなぁ。有名なアニメ映画の」


「……そう言って怖がる人は多いんだよね。残念だけど」

「でも、外敵から身を守る目的で密集してるわけだから」

「外敵もそんな風に不気味だと思ってくれたら、成功だよね」

「……僕は綺麗だと思うけど」


「そこは譲らないんだ……」


ますます苦笑の色を濃くする灯絵。

でも、本気で呆れているわけじゃないと思う。

その細められた目から伝わってくるのは、優しさや労わりといった感情だけだ。

僕も、吸い寄せられるように見つめ返す。

そして、ふっと笑ってみせた。


「譲る必要はないだろ」

「他の人が何て言っても、好きな物は好きなんだ」


僕は少しだけきゅっと、灯絵を抱き寄せた。

おでことおでこが、こつん、とぶつかる。


「……けーくん?」


少し驚いた声で聞いてくる。

そんな灯絵に向かって、僕は確かに呟いた。


「他の人が何て言おうと、僕は灯絵が好きなんだ」

「それと同じだよ」


「けーくん……」


例え、どんな姿でも。

それが幽霊だったとしても。

そんな思いは、あくまで心の内にとどめる。

僕は灯絵が好きだ。

それだけが伝わればいいと、鋭くそう思った。

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