ミニチュア・エタニティ⑦
「…………」
未だ沈黙を守ったままの灯絵。
その姿勢を。
その覚悟を。
その優しさを。
彼女の全てを、本当に美しいと思う。
だから、僕もそうあるべきだと思う。
考える。
今、僕がするべき事は、何なのか。
灯絵との幸せな時間を実現する為に、何が必要なのか。
しばし考えた後。
僕は、ゆっくり息を吸う。
吐く。
もう一度、吸う。
そして、真っ直ぐに、灯絵の目を見つめる。
「……灯絵、ごめん」
ぼそっ、と。
掠れそうに小さな声が出た。
「さっきから誤魔化してばっかりで、不安にさせて」
「こんなんじゃ、彼氏失格だよな」
灯絵が息を呑んだ。
何故かそれは、ほっと息を吐くのと同じ意味に聞こえた。
それもそうだろう。
だって、喋った瞬間、自分でも分かった。
どれだけ小さくても——さっきまでとは全然違う、芯の通った声だ、って。
「だから、もう、正直に言うよ」
「何で喪服を着てたのか」
「どうして、僕の様子がおかしかったのかを」
一息置いて。
僕は、長い長い、独白を始めた。
「……あのさ」
「僕にとって、大事な人が亡くなったんだ」
「大切な人と死に別れるのがこんなに辛いんだって、初めて知った」
「最初は、心を失くしてしまったみたいに虚ろな状態になるんだけど……」
「本当に死んだんだ、って分かると、胸が張り裂けそうに痛むんだ」
「悲しくて、苦しくて、どうかなりそうだった」
死んだのが誰なのかだけは伏せて。
それ以外は、ありのままの気持ちを伝えていく。
灯絵の眉がくしゃっと歪んだ。
悼んでいる、という自分の言葉が正しかったと知ったからなのか。
あるいは、僕の気持ちを想像してくれたのかもしれない。
「……だけど」
灯絵は、驚いた表情を浮かべた。
ぽん、と。
僕が突然、灯絵の頭に手を置いたからだ。
「どれだけ悲しんでも『あの人』が生き返るわけじゃない」
「むしろ、『あの人』もこんな僕を見て悲しむんだろうな、って」
「……多分、今の灯絵と同じような顔をするんだろうな、って」
「灯絵を見てて、そう思った」
できるだけ丁寧に、髪の隙間をなぞるように手を動かす。
灯絵は一瞬だけ身を震わせた後、その大きな瞳で僕を見つめる。
僕も、負けじと見つめ返した。
そして、
「——ありがとう。灯絵」
「最初は、呆然自失って状態だったから、何も考えずに灯絵を家に上げたけど……」
「灯絵がここに来てくれたおかげで、冷静になれた」
「灯絵が心配してくれたおかげで、僕がこんなんじゃ駄目だな、って、自分を見つめ直す事ができた」
「『あの人』が死んだ悲しみから、まだ完全に立ち直れたわけじゃないけど……」
「少なくとも今、辛い気持ちと向き合わなくちゃ、って気持ちになれた」
「全部、灯絵のおかげだ」
ちゃんと笑えている、だとか。
嘘っぽくならないように、だとか。
そう考え出した時点で、駄目なんだ。
決して逃げず、正直になる事。
目を逸らさず、想いを伝える事。
それが、さっきまでの僕に欠けていた物だと思う。
愛する灯絵は死んだのだから。
灯絵は確かに、死んだのだから。
もはやどうにもならないのだから。
灯絵の為に——そして、自分の為にも。
彼女と、真っ直ぐに向き合わなけあならない。
でなきゃ、前には決して進めないんだ。
「力になれないなんて、そんなわけない」
「僕は今、灯絵に救われてるんだよ」
そして、最後に。
僕自身びっくりするほど力強く、想いを伝える。
独白は終わり、後はなだらかな沈黙が流れた。
灯絵は、大きな目を動かすことなく、僕をじっと見つめている。
……伝わっただろうか?
時が流れるほどに増していく不安を抱えながら、僕は返事を待つ。
さっき、僕の返事を待っていた灯絵も、きっとこんな気持ちだったんだろう。
そう思い至り、そのまま彼女の心に想いを馳せようとした時。
「……そっかぁ」
これ以上ないほど、温かい言葉と共に。
ふにゃっ、と。
灯絵は、涙目で笑った。
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