ミニチュア・エタニティ⑤

「ねぇ、」


そして灯絵は。

雨が降り出したかのように。

ぽつぽつと、話し始める。


「ここに来た時から、ずっと思ってたの」

「今日のけーくん、変だな、って」

「何があったのかまでは、分からないけど……」

「けーくんの心が痛んでるのは、分かるよ」

「——ううん」

、の方がぴったりかな」


ぎくりとする。

悼む。

人の死を悲しみ、嘆くこと。

僕の気持ちを表すには、本当にぴったりな言葉で。


「喪服を着てたから、そう思っちゃうのかもしれないけどね」

「それでも、やっぱり、悼んでると思う」


「……何、で」


見透かされている、と思った。

だから、ひどく声が掠れた。

言葉はそこで途切れてしまったけれど。


「わかるよ。わかっちゃうよ」

「けーくんの事だもん」


その続きさえも、やっぱりお見通しだったみたいだ。

灯絵は、浮かべた涙に少しだけ、苦笑いを混ぜた。

だけど、それはすぐに零れ落ちて、砕けて消える。


「でもね、けーくん」

「本当は、あたし、何も言わないつもりだったんだ」

「あたしが今日、ここを訪ねてきた時」

「その格好はどうしたの、って訊いたよね」


覚えている。

喪服で灯絵を迎えた時の事だ。


「大丈夫、少し着てただけ、ってけーくんは答えた」

「その『大丈夫』は、『大丈夫って事にしておいてくれ』って意味だと思ったから」

「けーくんがそうしたいなら、その意思を尊重しようって思ったの」


そこで灯絵は、少しの間言葉を止めた。

何かを想い出すように。

そしてそのまま、想いが溢れるように、呟く。


「……でも、シチューを食べて、あんな顔で泣くなんて」


もう一度、沈黙。

その間に、灯絵の顔は少しずつ伏せられていく。

そして、ちょうど表情が隠れきった頃。

灯絵はゆっくりと、言葉を紡ぎ始めた。


「ねぇ、けーくん」

「そんな悲しい顔をさせるために、あたしは何も言わなかったわけじゃないよ」

「そんな苦しい顔をさせるために、今日の誕生日パーティーに来たわけじゃないよ」

「ただ、笑ってけーくんの誕生日を迎えようって」

「あたしはそのために、今ここにいるの」


ぎゅっ、と。

袖を引っ張られる感じがした。

見ると、それは灯絵の手だった。

親指と人差し指が、少し震えながら、だけど強く、僕の袖を摘んでいる。


「何があったかは、聞かない」

「でも、これだけは教えて」


灯絵は、突然顔を上げて。

二人の視線と視線とがぶつかる。


「あたしじゃ、けーくんの助けになれない?」

「あたし……ここにいても、迷惑じゃない?」


その目にあるのは……不安?

いや、違う。

それ以上の決意と僕への想いが、そこにあった。


「(——あ)」


その時。

どくん、と胸が痛んだ。

彼女が袖を引くのと同じくらいに強く。

今日に入って、もう何度目だろう?

だけど、これは初めて味わう痛み。

多分、これは——『嬉しさ』だ。

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