ミニチュア・エタニティ②

「…………」


それからしばらくの間。

僕は、灯絵の手元を眺めていた。

鍋のかき混ぜ方。

野菜の千切り方、並べ方。

とろみを確認したり、火加減を変えたりする様子。

合間に、また別の一品を作り始める様子まで。

その全てを、じっと、見届けていた。

僕自身、一人暮らしだから、料理は良くする。

できるだけ効率を上げようと、工夫もする。

だけど、それでもこんなにそつのない動きは出来ないな、と思う。


「(やっぱり経験の差、なんだろうな)」


道具の使い方はもちろん。

時間の使い方も、知り尽くしているみたいだ。

一切、無駄のない手順。

澱みのない手つき。

その一つ一つに、灯絵のこれまでの料理経験の全てが詰まっているんだろう。

灯絵の人生、と言ってもいい。

そう思うと——何だろう。

視界が、少しだけ滲んだ気がして。


「もう。けーくん」


……と。

灯絵は少し手を止めて、こちらを向いた。

その唇は、むー、と尖っていて。

くすんだ色の頬に、少しだけ赤みが差している。


「どうしたのさ。そんなにじーっと見つめて」


つい、苦笑してしまう。

どうも、僕の熱視線はしっかりと伝わっていたらしい。


「ごめんな。嫌だったか?」


「嫌じゃないけど……恥ずかしいでしょ」

「何だか、丸裸にされてるみたいなんだもん」


「灯絵が?」


そんなに危ない目をしていただろうか?

そもそも、僕が見ていたのは手元であって、胸だとかお尻だとかじゃない。

……そんな言い訳を考えていた時。


「ううん。料理が」


「料理……うん? 料理?」


「そうだよ。料理が丸裸にされて、恥ずかしがってるよ」


灯絵は突然、不思議な理論を展開し始めた。

ぽかん、としている僕を真っ直ぐに指さして、灯絵は訊ねる。


「もしけーくんが女の子だったとして、男の人に自分の水着姿をじーっと見つめられたらどう思う?」


「それは……うん。ちょっと嫌だな」


「でしょ。頭の中で丸裸にされてるかも、って思ったりするでしょ」

「それと同じだよ」

「料理だって、そんなにじーっと見られたら恥ずかしいに決まってるんだから」


「料理が、恥ずかしい……」


「その通りです」

「ましてや、完成前の料理なんて、着替え終わってない女の子みたいなものなんだよ」

「水着どころか、下着姿だよ」


「……」


「恥ずかしさだって倍増だよ」


ぴしゃり、と畳み掛けるように、なおかつドヤ顔で言い切った後。

灯絵は再び、料理に戻っていった。

面食らって、少し閉口する僕。

……でも、気づいてしまう。

鍋と向き合うその横顔が——ますます赤みを増していることに。

それで、確信した。


「なぁ、灯絵」


「んー?」


「今の話だけど……単に、灯絵自身が見られて恥ずかしいってだけだよね?」


「へぁっ」


「だけど、自分が恥ずかしがってるってばれるのも何だか恥ずかしくて、ごまかしただけだよね?」


「……ぁう、ぁう」


変な声を発し、真っ赤になって慌てる灯絵。

心なしか、目がぐるぐると泳いでいるようにも見える。

——そう。

普段から『アホップル』を公言し、人目を気にせずイチャイチャしてくる灯絵だけれど。

僕と二人の時は、変な所で恥ずかしがったり、照れたりすることがある。

そして、そういう時は強引に話を逸らしたり、今のように変な理屈をつけて、ごまかそうとする。

つまり……一言で言うと『照れ隠しが下手』ということだ。


「本当に恥ずかしいのは、料理なんかじゃなくて灯絵自身なんだよね?」


「そっ、そんなこと、は」


「あるよね?」


「……………………はい」


ついに観念したのか、灯絵はがっくりとうなだれる。

イタズラがばれた子供のように。

その様子を、しばらく見つめた後。


「……ぷっ」


「あー、笑ったー」


「ごめん、ごめん」


馬鹿にしたわけじゃない。

ほっとしたんだ。

だって、照れ隠しのこんな小さな癖も、灯絵そのままだったから。


「うぅ、ひどいよ。乙女心を弄ぶなんて」


ひとしきり笑った僕を横目でジト見しながら、灯絵は小声で抗議する。


「今日のけーくん、イジワルだよ」


「ごめん。恥ずかしがってる灯絵が可愛くて、つい」


「もう。可愛いって言っとけば、あたしが何でも許すって思ってるでしょ」

「……その通りだけどさ」


再び唇を尖らせる灯絵。

そんな所にも、また一つ、灯絵を見つける。

目の前の『彼女』から、灯絵の面影を一つずつ見つけては、それをなぞる。

そんな他愛のない、どうしようもないことが——馬鹿みたいに嬉しくて。


「あー、また笑った」

「もう。……あ、ほら、料理もうすぐできるよ」


その時、味見した鍋の具合が、ちょうど良い状態になったらしい。

灯絵は半ば強引に話題を打ち切って、こちらを振り向く。


「机の上を片付けておいてくれる?」


「……ああ、分かった」

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