回想:巡る二人に祝福を(後編)

「(……あれ?)」


——と。

僕の頭に、わずかな違和感が浮かんだ。

心のまま、僕はその疑問を口にする。


「でも、その割には……今日はあんまり外の景色を見てないね」


さっきの話の通りなら、赤浦さんはもっと外の景色に興味を持っていてもいいはずだ。

お父さんに言ったのと同じように、


『すごいね、夕焼けが綺麗だね』


なんて、思いっきりはしゃいでいてもいいはずだ。

なのに、今日の彼女は、外にはほとんど目もくれず。

ただ、目の前の僕と見つめ合っているばかり。

これまでの話題も、外の眺めの事じゃなく、他のアトラクションの感想や思い出話だった。

……今は夜景じゃないから、興味がないんだろうか?


「————————」


そんな僕の心を読んだかのように、けれど赤浦さんは黙って首を振った。

そして——頬を赤くして。

目を糸のように細めて。

ちろりと、八重歯を覗かせて。

どこかイタズラっぽい、照れ笑いを浮かべる。


「確かに、夕焼け空も綺麗だけど……」

「今は、都筑くんを見ていたいの」

「今、あなたと一緒に過ごしてるこの時間は」

「景色なんかより、もっともっと、大切なものなの」


「……赤浦さん」


飾り立てのない、純粋な言葉。

その一つ一つが、僕の心にじわっと沁みて。

……何だろう、この気持ちは?

初めて出会った時とは違う。

心臓は確かな熱を帯びて鳴っていて。

だけど、全然息苦しくはならなくて。

目の前の赤浦さんが、さっきまでよりさらに綺麗に見えて。

えへへ、って言うより、にひひ、の方が適切に思える、彼女には珍しいその笑い方も印象的だった。

それに、隙間風にふわりとなびく髪の一本一本が。

より濃いオレンジ色の陽に透けて、キラキラして——




「好きだ」




——気がついたら、その言葉はするりと口を滑り出ていた。

気持ちそのものが溢れるみたいに。


「うん」


「赤浦さんが、好きだ」

「出会った時から、ずっと好きだった」


「うん」


「元々、告白するつもりで遊園地に誘ったけど……」

「今日一緒にいて、もっともっと好きになった」


「うん」


言葉にするたび、強く強く自覚する。

これが、愛おしいってことなんだと。

ただの好きよりもっと止め処なくて、柔らかい。

人生で初めての感情は、止まることなく、今日の最終目的の言葉をはっきりと紡ぎ出した。


「僕と、付き合ってください」


「うん」

「……うん」


赤浦さんは一度。

その後、それを噛み締めるようにもう一度、頷いた。

告白を受け入れる、恐らく一番短い言葉に。

僕は安心して、息を吐きかけたところで——ふと気づく。

いつの間にか、彼女の目尻には涙が浮かび始めていて。

赤く艶のある唇が、少しだけ震えている。

いや、唇だけじゃない。

華奢な全身が微かに震え、聞き取れないほど小さな音を立てていた。

……あぁ。

赤浦さんも、緊張していたんだろう。

僕に気を遣って、色々話しかけてくれていたけれど。

告白を待つ側の赤浦さんは、僕なんかよりもっとドキドキして、気が気じゃなかったはずだ。

その震えは、嬉しいだけが理由のはずがない。

そんなことにも気づけなくて——僕は馬鹿だ。


「赤浦さん」


せめて、その震えを止めたいと思った。

だから僕は、そっと腰を上げた。

赤浦さんは、ビクッと身体を跳ねさせた。

僕が何をするか分かったんだろう。

だけど、拒否したり、逃げる様子はなかった。

ゆっくり、ゆっくりと。

二人の距離はどんどん近づいていき、そして——




「んっ……」




ほんの一瞬だけ。

唇同士がそっと触れ合った。

だけど、すぐに離れた。

どれくらいの時間するものなのか、分からなかったから。

それでも、腰を下ろすのは名残惜しくて。

わずか数センチの距離のまま、止まる。

しばらくそのまま、止まったような時間が過ぎた。

そうして、ようやく目を開けた赤浦さんは。

人差し指で、ちょっとだけ唇をなぞった後。


「……えへへ」


ふにゃっ、と。

溶けるような笑顔を浮かべた。


「……はは」


それを見て、僕もつられるように笑った。

多分、彼女と全く同じ顔をしていたと思う。

そう。

上手く出来たかなんて、分からない。

だけど、さっき触れた場所から熱がじんじんと広がっていく。

その熱を幸せと呼ぶのなら。

世界一、温かいキスだった。

それだけは、はっきり分かった。


「ねぇ、」


「うん?」


気がついたら、赤浦さんの震えは止まっていた。

だけど、涙の粒は数えられるほど大きくなっていて。

彼女は、指先でそっとそれを拭い取る。


「今、分かった」

「観覧車って、景色を見るための乗り物じゃなくて」

「この幸せな時間を提供してくれる乗り物だったんだね」


「……赤浦さん」


「あたし、今、生まれて一番幸せで——」

「観覧車、今までより、もっと好きになっちゃった」


あれが好き、これが好き。

彼女は良くそう口にする。

だけど、逆に『嫌い』という言葉を、彼女の口から一度も聞いたことがない。

まだ知り合って数ヶ月だけど……恐らく、この後もずっとそうなんだろう。

そんな彼女だから、僕は好きになったんだ。

そんなことを思いながら。

僕らは観覧車が終わるまで、その距離のまま、見つめ合っていた——





***




<あとがき>

あとがきという機能が現状ないようなので、文末にて失礼いたします。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

お陰様で読者も増え、フォローしてくださる方も増えてきました。

ツイッターにいいねを付けてくださる方もいらっしゃって、感謝の念に堪えません。


次話から、このお話は大きな転換期を迎えます。

ここまでのイチャイチャ系から一転、悲しいお話に切り替わります。

「なんだこれは! こんなお話だと思ってなかった」

というご意見もあるかもしれません。

そんな方にも、ハラハラしながらもお話の結末を見守っていただけるよう、精一杯書き続けていく所存ですので、何卒応援をよろしくお願い申し上げます。


最近、何かと物騒な世の中です。

心に余裕がなくなって、疲れていらっしゃる方も多いと思います。

そんな方は、この初々しいカップルを見て少しでも癒されていただけると幸いです。

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