回想:巡る二人に祝福を(中編)

「………………………………」


その後は、しばらく沈黙が続いた。

でも、さっきまでとは違う。

あれだけあった焦りが嘘のように消えていて。

それを意識したからか、だんだん周りの景色が戻ってきたかのように、鮮明に見え始める。

ゴンドラはじっくりと回転し、いつの間にかもう少しでてっぺんという所まで来ていた。

目も眩むようなオレンジの逆光の中、姿勢良く腰掛ける彼女はどこか神々しくて。


「(私服、本当に似合ってるな……)」


なんて、今更なことを思ったりした。

滲み出る照れ笑いはそのままに。

お互いの視線が合ったり、ちょっと外れたりを繰り返す。

何だろう。

このゴンドラは、まるで、二人の為に誂えた部屋みたいだ。

ここは、二人だけの世界。

無粋なものは一つも存在しなくて。

何か口にする必要もなくて。

ただ、お互いの存在を近くで感じているだけ。

そして、多分それでいいんだと思わせるほど、雰囲気が穏やかで。

こんなに優しい沈黙は初めてだった。

そう。

だから、後は、口にするだけ。

『友達』と『恋人』の境界線を踏み越える、その一言を。


「ねぇ、都筑くん」


……だけど、それより先に、彼女の方が口を開いた。

その穏やかで軽い声に、僕もつられて軽く返事する。


「ん?」


「観覧車って、好き?」


「うん、好きだよ」


「えへへ。あたしも好き」

「ずっと昔から、観覧車が好きだったの」


ふにゃっと表情を緩めた後。

赤浦さんは、どこか遠くを見る目をした。


「最初に乗ったのは、幼稚園の時でね」

「ちょうど夕方も終わる頃で、辺りもすっかり暗くなり始めてて」

「あたしは、ぼーっと遠くの景色を眺めてた」

「そしたら、少し離れた所で、街灯が一斉に点き始めたの」

「さっきまで暗かった街が、一気に光の溢れる街に変わって」

「もう、すっごくすっごく綺麗だった」

「ほら、灯りが灯るっていうことは、そこで人が暮らしているってことでしょ」

「こんなにいっぱいの人が暮らしてるんだぁ、なんてことも考えたりして」

「こう——圧倒されちゃったの」


「……良いね。それ」


本当に綺麗な情景だったんだろう。

想像するだけでも、心が震える。

僕の表情を見た赤浦さんはふふっと微笑みを滲ませて、話を続けた。


「それでね」

「『すごいね、灯りがキレイだね』ってお父さんに言ったの」

「そしたら、お父さんがね」

「あたしの名前もその灯りから付けたんだぞ、って教えてくれたんだ」

「『光の灯る未来を描けるように』、って」

「そう聞いてから、高い所から景色を見るのがすっかり好きになっちゃって」

「後は、遊園地に行くたびに、お父さんにいつも観覧車に乗せてってせがんでたなぁ」


「——そうだったんだ」


綺麗な名前だとは思っていた。

だけど、改めて理由を聞くと、ますます素敵な名前だと思える。

鮮やかな景色の記憶に、自分の名前の由来まで刻み込まれて、絶対に忘れることはない。

赤浦さんにとって、観覧車っていうのは本当に特別なアトラクションなんだろう。

そんな『特別』に一緒に乗っているんだ、と思うと、光栄というよりも、ただただ嬉しくなった。

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