回想:巡る二人に祝福を(前編)

きしりきしり、とワイヤーが唸る。

時折、風が吹き込んできては、急かすような音を立てる。

それに合わせて、心臓の鼓動はどんどん早くなっていった。

どくん。

どくん。

どくん。


「…………………」


反対側の座席では、赤浦さんがこちらをじっと見つめて、微笑んでいる。

何かを待っているように。

早く言わなくちゃ、と思う。

だけど、そう思えば思うほど、頭の中は真っ白になっていく。


「(……何でこんなことになったんだっけ?)」


状況を整理する。

そう、デートだ。

一学期の期末テストを終えて。

頑張った自分達へのご褒美、という名目で、僕は赤浦さんを遊園地に誘った。

まだ、知り合って数ヶ月。

ましてや恋人でもない僕の誘いを、赤浦さんは喜んで受けてくれた。

そして今日は、その当日で。

計画通り、色んなアトラクションを回って。

最後の締めに、この観覧車を選んだ。

ここでの僕の目的は、一つ。

——赤浦さんに、自分の想いを伝えること。

好きだ、って。

今日のデート自体が、そのためのものだ。

二人きりで遊園地、という誘いを受けてくれたわけだから、少しは脈があるのではないか?

そう思って、いろいろ計画していた。

逸る気持ちを抑えて、段取りを決めて。

告白に至るまで、何度もシミュレートしてきた。


「…………………………」


なのに、口は貼りついたかのように動かない。

考えていた台詞を伝えるだけなのに。

こんなの、初めてだ。

『断られたらどうしよう』?

いや、そんな難しいことは考えていない。

ただ、気持ちがぴんと張り詰めていて。

今にもぷつんと切れてしまいそうで、動き出せない。

——多分、これが緊張ってやつなんだ。

僕は今、人生で一番、緊張している。

どくん。

どくん。

どくん。

心臓が時を刻む。

その度に、早く言わなくちゃ、って焦って。

頭は真っ白になっていくばかり。

早く言え。

何か言え。

何でもいい。

このままじゃ、絶対後悔するぞ。

自分をそう叱咤していた、その時——


「ねぇ」


……赤浦さんが先に、口を開いた。

沈黙をそっと掬い取るような、その声に。

どこかほっとしている自分を情けなく思いながらも。

何か返事をしなくちゃ、と思う。


「……ん?」


「楽しかったね」


「……うん、そうだね」


「ジェットコースター、すっごいスピードだったね」


「うん」


「目玉アトラクションって言われるだけはあるね」


「……そうだね」


違う、そうじゃない。

僕はオウムか?

さっきからうん、うん、しか言ってないぞ。

もうちょっと気の利いた返し方があるだろう。

……だけど、そんな僕の内心の焦りは気づかないように、赤浦さんは一つ一つ、指折り数え始めた。


「メリーゴーランドも」

「ガラじゃないけど、お姫様になれたみたいな気分で、ワクワクした」

「コーヒーカップも」

「都筑くんがあたしに合わせてゆっくり回してくれたから、楽しかった」

「急流滑りも」

「かかっちゃった水、都筑くんがタオルで拭いてくれたから、嬉しかった」

「お昼ご飯も」

「遊園地のパスタがあんなに美味しかったなんて、知らなかった」


指を全部折り畳んでもなお。

あれも、これも……と数え続ける赤浦さん。

やがて数える物もなくなった頃。

彼女は、ふにゃっと、これ以上ないってくらいに顔を緩めた。


「どれも——ほんとに楽しかったなぁ」


それを見て、僕の胸を温かい気持ちがよぎる。

ああ、楽しんでもらえたんだな、と。

僕と過ごした時間を。

今の言葉からも伝わるけれど。

今この瞬間、彼女の言葉以上に煌めいた表情。

細められた目が、僕を強い眼差しで見つめていて。

それが何よりも、赤浦さんの想いをはっきり物語っている。


「……良かった」


「え?」


「都筑くん、やっと笑ってくれた」

「さっきまで、すごく怖い顔してたから」


指摘されて、自分の顔に手をやる。

どうも、顔まで張り詰めていたらしい。

駄目だな、こんなのじゃ。

今から告白しようって相手を怖がらせるなんて、格好悪すぎる。


「ちょっと、思い出し笑いしてたんだ」


だから、軽口で返すことにした。

赤浦さんが身を乗り出してくる。


「何を?」


「赤浦さん、本当にはしゃいでたなぁ、って」


「……もう。そう言われると、あたしが子供みたいじゃない」


「良い意味で、だよ」

「僕まで楽しくなるくらい、最高の笑顔だったからさ」


「そ、そうかなぁ……えへへ」


僕の心からの言葉に、彼女は僕から視線を外して頬を染めた。

そんな照れ笑い一つ取っても、惚れ惚れするほど可愛くて、胸が弾む。

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