10/22 偶然で無圭角な計画⑨

それは、一見おどけているようで。

なのにどこか超然としていて、儚げで。

その表情には、見覚えがあった。

そう——

僕らが出会った時の、あの顔だ。

その表情で泣いているような。

深く、何かを憂いているような。


「だから、サプライズを仕掛けようとしたの?」


「……うん」

「ちょっとでも刺激になったらなぁ、って思ったの」


少しバツが悪そうに、頷く。

はっきり分かる。

灯絵が今僕に見せてくれているのは、いつもの灯絵じゃない。

もっと柔らかくて、無防備なところ。

いつも笑みを絶やさなくて。

幸せを探すのが上手で。

良い意味で子供っぽくて。

誰よりも優しくて。

それも立派な灯絵の魅力だと思う。

だけど、それが全てじゃない。

その内側に秘められた、唯一の脆さ。

例えば——最初は気恥ずかしかったはずなのに、今はこうして当たり前のように腕を組んで歩いていること。

三年も付き合っていれば、少なからず慣れが生まれる。

慣れは、二人の在り方を変えてしまうことがある。

どんな形でかは、分からないけれど。

そのことを不安に思うのも、灯絵の一部で。

灯絵だって、普通の女の子なんだ。


「……」


僕を見上げる目は、怯えた小動物みたいに弱そうで。

なのに、その弱さが何かを諦め、手放そうとしているようにも見えて。

だから、伝えてあげなくちゃ、と思う。

僕が一番最初に出会ったのは、無防備なその顔。

僕が真っ先に惹かれたのは、その憂いの姿だったっていうことに。


「謎々です」 


その瞬間、灯絵の目が見開かれた。

そこへ向かって、真っ直ぐに問いを投げかける。


「川はどうして流れているのでしょう?」


あの日と同じように、できるだけ丁寧に。

僕もいい加減ワンパターンだな、とも思う。

だけど、灯絵もそれに負けず劣らずで。

ぱちくりさせた目を泳がせて、少し考えた後、


「う〜ん……川は素直だから」

「川下へ流れていくのが当たり前だと思っているんじゃないかな」


少し自信がなさそうに、答える。

そして、正解を問うように僕を見た。

つい笑ってしまう。

だって、あの日の灯絵のリアクションそのままだ。

少しも変わらないその様子に、どこか安心感を覚えながら。

僕は、即席で用意した答えを灯絵に告げた。


「海へ辿り着くために、だよ」


「……海…………」


虚を衝かれたように、小さく口を開けて動きを止める灯絵。

それに合わせて、僕も立ち止まる。


「そう。海」

「灯絵はさっき、人生は川の流れみたいだって言ったね」

「でも、僕の考えだと少し違う」

「川が終わったら、そこから海が始まる」

「海も含めて、人生なんだよ」

「海では、川と違って、決まった方向へ流れる必要はなくて」

「広々と、世界中に広がっていて」

「子供の頃より流れはずっと遅いけど」

「その代わり、どこへでも行けるんだ」

「それを自由と——いや、大人と呼ぶんだとしたら」

「僕らはそれを目指して、必死で川を流れてきたんだと思うよ」


そう。

こうだったらいいね、という稚拙な答え。

根拠も何もなくて。

ただ、彼女をびっくりさせるためだけの答えだ。

そのまま動かない灯絵に、僕は言葉を続ける。


「僕らは子供で、まだまだ川の途中だと思う」

「海に出ても、最初は知らないことだらけだ」

「海の怖さだって、何も知らない」

「これから先、嵐や大波に呑まれることだってあるかも知れない」


そこまで言うと、灯絵と視線を絡めた。

呆れるほどにしっかりと。


「だけど、僕らはずっと一緒だから」

「一緒に同じ方向を見つめて、一緒に計画を立てて」

「一緒に嵐に呑まれても、一緒に立ち直って」

「一緒の場所を目指して、進み続ける」

「それだけなら、絶対にできるから」


僕は力強い言葉で、告げた。

灯絵の顔は今にも俯きそうで。

だけど、絡んだ視線に支えられたまま、結局動かなくて。

そのまま、ぼそっと尋ねた。


「……その途中で飽きたりしない?」

「やっぱり退屈だ、ってなったりしない?」


「いいや、それだけはあり得ない」


僕は即答する。

あまりにノータイムすぎて、灯絵の肩がびくっと跳ねるほどに。

それを宥めるように、僕は灯絵の頭を撫でた。

そして、優しく語りかける。


「灯絵は、いつも僕の想像を超えた、灯絵自身の魅力を教えてくれる」

「びっくり箱みたいにコロコロ変わる表情を見てるだけでも、飽きない」

「サプライズなんてしなくても、灯絵といると、毎日が新鮮で——」

「幸せなんだ」


そう。

そんな灯絵と知り合えたこと。

それは、奇跡のような偶然で。

こうやって、不安になることがあっても。

たまにぶつかり合うことがあっても。

この二人ならすぐに解決して、笑い合えて。

圭角が取れた、穏やかな気持ちのままで。

計画通りに、一緒の場所を目指せると思う。

それは、海よりも深い確信だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る