10/22 偶然で無圭角な計画⑧
***
「ねえ」
「ん?」
「良かったの?」
「何が?」
「けーくんの誕生日パフェなのに、あたしまでご馳走になっちゃって」
「もちろん。というか、あれは食べきれないよ」
「元々は、パフェを食べる予定じゃなかったからね」
「ならいいんだけど……」
あの後、僕と灯絵はパフェを二人で平らげた。
さつき軒の定食は結構なボリュームがある。
その直後のデザートは、少々胃に堪えるものがあったから。
とは言っても、自分に贈られたデザートを贈った本人の前でシェアするのは、さすがに気が引ける。
夕星達がまだあそこに残っていたなら、無理をしてでも食べただろう。
そういう意味では、夕星達が席を外してくれて助かったと言える。
——いや。
もしかしたらそれも踏まえたうえで、夕星は席を外してくれたのかもしれない。
親友の見えない気遣いに心の中で感謝しながら、僕はそっと左を向く。
「……えへへ」
灯絵は、ふにゃっと顔を崩していた。
僕の左腕に両の腕を絡ませて。
右頬を僕の肩に寄せて、幸せそうに。
「でも、美味しかったね。あのパフェ」
「うん、そうだね」
「夕星にはお返ししなきゃな」
応える僕の右手には、買い物袋が握られている。
そこには、誕生日パーティーに必要な食材が入っていた。
せっかくの誕生日だから、と、明日は灯絵が張り切って手料理を振る舞ってくれるらしい。
それなら食材を買うのは明日でもいいのでは?とも思ったけれど、
『仕込みしておきたい物もあるから』
とのことで、定食屋を出た後すぐに買い出しに行った、という訳だった。
今は、その帰り。
灯絵を家まで送っている所だ。
二人、もうすっかり慣れ親しんだ道を歩く。
冬へ向けて少しだけ乾き始めた清冽な空気。
鮮やかな空。
まだまだ元気に茂っている街路樹。
腕にじんわりと伝わる確かな温もりが嬉しい。
——と、その時。
僕は、ふと思い出したことを訊いてみた。
「そういえば、明日の誕生日パーティー」
「サプライズするつもりだったんだって?」
「あぅ……」
びくん、と肩を跳ねさせて、弱々しげな声をあげる灯絵。
イタズラを咎められた子供のように、上目遣いに僕を見る。
そして恐る恐る、訊いてきた。
「……怒った?」
「逆に聞くけど、怒ると思う?」
「……思わない」
「分かってるじゃないか」
「ドッキリならまだしも、サプライズは相手を喜ばせたくてすることだろ?」
「それで怒ったりなんかしないよ」
「……そっかぁ」
ぱあっ、と顔を綻ばせる灯絵。
だけど、苦笑混じりの僕の次の言葉に、その笑顔はすぐに消える。
「でも、サプライズの話を聞いた時」
「どうせなら二人きりで祝いたいのに、何でサプライズなんてするんだろう?」
「……って、ちょっと思ったのは確かだね」
「うっ…………ゴメンナサイ」
分かりやすく落ち込んでしまった。
だけど、叱るつもりは全くなくて。
僕はできるだけ優しく、問いかける。
「どうして、サプライズしようと思ったの?」
「……どうして、って?」
「いつもの灯絵らしくないな、って思ってさ」
そう。
これが、僕の思い出したことだった。
灯絵がサプライズ好きなのは知っている。
だけど、何かの記念日に仕掛けてきたことはこれまでなかった。
二人にとっての特別な日を、大切に想い。
僕と二人で計画して、目一杯楽しんでくれる。
そんな灯絵が、僕の誕生日にサプライズを仕掛けようとした。
結果は未遂だったけれど——
何か理由があるんじゃないか、と思ったんだ。
灯絵は、少しだけ俯いた。
伏せられていた目は、それだけで見えなくなった。
なだらかな沈黙が流れる。
そして。
「変な話だけど」
ぽつり、と呟いた。
「人生って川の流れに似てるなぁ、って思うことがあるの」
「……川の?」
聞き返すと、灯絵は顔を上げた。
その顔は穏やかな表情だけれど、不安で少し湿っている。
「川って、上流・中流・下流に分かれているでしょ?」
「上流では、流れは速くて、だけど水の量は少なくて」
「中流・下流へ行くにつれて、だんだん流れが遅くなって、代わりに水の量は増えていくの」
「あぁ。小学校で習ったね」
「そう。それでね」
「あたし達の人生も、それに似てるかなぁって」
「ほら、子供の頃って、今と比べてあっという間に時間が経ってた気がしない?」
「まるで川の上流みたいに」
「だけど、だんだん時間の流れは遅くなって、穏やかになって」
「経験だとか、行動の選択肢だとか、そういったものだけは、水の量みたいに増えていって」
「きっとこれから先、今より時間の流れがゆっくりになっていくの」
そこで、灯絵は僕から視線を外した。
空を見上げるようにして、続ける。
「だからかなぁ」
「なんだか、焦っちゃって」
「もしも、あたしとけーくんとの付き合いも、川の流れと同じで」
「最初は勢いよく流れていても、下流へ向かうにつれて流れが遅くなっていくとしたら」
「それをけーくんが『倦怠』とか『退屈』と呼ぶようになったりしたら——」
「そう考えると、時々どうしようもなく不安になるの」
そう言うと、灯絵はちろりと舌を出して苦笑する。
「なぁんて」
「こんな風に考えていられることそのものが、幸せなのかもしれないけどね」
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