10/22 偶然で無圭角な計画⑦

「ま、それはそうと」

「次は神庭サンの番だぞ」


「あ、あぁ。そうだったな」


我に返ったように衣典は頷く。

当初の目的を思い出したのか、衣典は自分の手の中にあるプレゼントを見つめた。


「僕からは、これなんだが……」


そして、少し申し訳なさそうな顔をする。


「悪い。僕のはここでは開けないでくれ」


「……え?」

「ここで開けたらまずい物、ってこと?」


「いや、それが分からないから問題というか……」


衣典にしては珍しく、歯切れの悪い返事だ。

レストランで開けてはいけない物。

食料品か何かだろうか?

でも、それにしては妙に細長い気もする。


「ともかく」


そんな僕の思考を遮るように、衣典はそれを手渡してきた。


「落ち着いた時にでも、家で開けてくれ」


「……うん、わかった」

「ありがとう、皆。大事にするよ」


そうだ。

中身は考えて判るものでもないし、家で開けるよう言われた以上、ここで考えることでもないだろう。

僕は皆にお礼を言うと、三人のプレゼントを一緒に鞄にしまった。

できるだけ丁寧に。


「むぅぅ……」


——と。

そこで、微かな唸り声に気が付く。

見ると、灯絵が腕組みをして『納得いきません』といった表情を夕星に向けていた。


「はは。灯絵ちゃん、ご不満みたいだな」


「夕星くん、ずるいよ」

「何で先にサプライズしちゃうのさ」

「あたしと一緒にサプライズしようね、って約束してたでしょ」


「え、そうだったの?」


初耳である。

いや、サプライズなんだから当然だけれどーー初耳である。

振り返ると、夕星は苦笑しながら首を横に振っている。


「いや、約束はしてないぞ」

「……提案はされたけどな」

「明日、灯絵ちゃんと計斗の二人で誕生日パーティーするんだろ?」

「それにサプライズで参加しないか、って」


「あー……」


どうも、元々僕にサプライズを仕掛けようと言い出したのは灯絵みたいだ。

サプライズやホームパーティーが好きな灯絵らしい、と言えばらしい。


「でも、さすがに仲睦まじい二人のパーティーに乱入できるほど、俺は無粋じゃない」


「右に同じ、ですね」


咲ちゃんも、微笑みながら話に加わってきた。

夕星は灯絵の方を向いて笑ってみせる。


「ま、そういうことだ」

「やっぱり、恋人の誕生日を祝うなら、二人きりの方がいいだろ」


「むぅ……」


「それとも、どうしても皆で祝いたかったか?」


「ううん。そんなことはないけど……」


灯絵は口を少し尖らせて、ぼそっと呟いた。


「……もしサプライズしないなら、あたしが一番にけーくんの誕生日を祝いたかったもん」

「夕星くん、ずるいよ」


自分が出し抜かれたことよりも、僕にプレゼントを渡す順番について不満があるようだ。

だけど、夕星は大きく手を振って否定する。


「いや、それは違うぞ。俺らは一番に誕生日を祝ったわけじゃない」

「だって、計斗の誕生日はまだなんだからな」

「俺らはフライングで失格、って扱いになる」

「実質、一番は灯絵ちゃんだよ」


「え? そ、そうかな?」


「ああ、間違いない」


「そ、そっかぁ……」


夕星の言ったのは、ただの詭弁だ。

だけど、灯絵はその言葉でもう機嫌を直したようで、子供っぽい理屈を引っ込めて。

頬を赤らめて——ふにゃっと笑う。

本当に。

灯絵は本当に、可愛いと思う。

良くすねたりはするけれど、それを引きずることはほとんどない。

ごくたまに一日中すねていることがあっても、次の日に持ち越したことは一度もない。

なんというか、幸せを探すのが上手なんだろう。

すぐに別のことを見つけては、笑っている。

良い意味で子供っぽくて、単純で。

他人の嫌なところをすぐに見つけてしまう僕にとって、灯絵は清涼剤ともいうべき存在で。

彼女を見ていると、イライラしている自分が馬鹿らしくなるんだ。


「「「…………」」」


それは他の皆にとっても同様なのか。

三人は顔を見合わせて、微笑ましそうにしている。

夕星は優しく見守るように。

咲ちゃんはどこか羨ましそうに。

衣典は呆れながらも、しょうがないなぁというように。

三者三様、違った思いかもしれないけれど。

灯絵の良さが全員に許されている気がして、嬉しくなった。


「さて」


——と。

夕星は突然立ち上がって、伝票を手に取る。


「とりあえず、俺らはこれでお暇するか」


「えっ。まだパフェ食べてない——」


慌てる僕を手で制して、夕星は笑った。


「ああ。だから計斗は、そのパフェをゆっくり食べていくといい」

「灯絵ちゃんは計斗と一緒に帰るだろ?」

「あとは若い者同士でごゆっくり、だ」


どうやら、二人きりにしてやろう、という気遣いらしい。

咲ちゃんと衣典も立ち上がって、身支度を始めている。


「なら、お金だけ渡しておくよ」


「いいっていいって。今日は奢りだ」


「え、でも……」


「これはサプライズとはいえ、俺らからの誕生日パーティーなんだ。主賓にお金を払わせるわけないだろ」

「あと、灯絵ちゃんはサプライズの仲間外れにしちゃったからな。その詫びとして、俺が奢るよ」


「ええっ、あたしの分も?」

「それは悪いよ……」


目を丸くする灯絵。

けれど、夕星は一切気にすることなく微笑んだ。


「大丈夫。浮いた金は、明日の軍資金にでも使ってくれ」


そして、ひらひらと手を振って、歩き出す。




「それじゃ、明日のパーティー、楽しんでな」

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