10/22 偶然で無圭角な計画⑥

「……む、むぅぅ」


「じゃあ、まずは俺から」


「ありがとう。開けていいかな?」


「ああ。いいぞ」


細長い形のケースから、ラッピングシートをゆっくり剥がす。

そうして、中から出てきたのは。


「腕時計……」


「ああ。この前、今の腕時計の調子が悪いって言ってただろ?」


そういえば、数ヶ月前に夕星に話した覚えがある。

中学の頃から使っていた、デジタル式の時計。

それが、いつの間にかパネルの一部が壊れて、表示されなくなっていたんた。

といっても、今のご時世、スマートフォンで時間を確認できる。

大した思い入れはなかったから、その時計は棚にしまって。

大して困らなかったから、新しく買い換えようともしなかった。

……だけど、この時計は。


「……格好良い」


「だろ?」


大きさは前のと同じくらいのアナログ時計。

秒針はもちろん、長針・短針にも装飾はなく、非常にシンプルな作りだ。

白くて丸い文字盤には数字は書かれておらず、代わりに12個の点がささやかに振られてあり。

その中心部には穴が開いていて、中の歯車がちろりと覗いている。

一目で、僕の好みだ、と思った。

こういう所でも、夕星とは本当に趣味が合う。


「え、でもこれ、高かったんじゃない?」


「いや、安かったぞ」


「……」


そういう嘘はいいから、と半眼で訴える僕に対して、夕星は苦笑しながら首を振った。


「や、本当だって」

「この前、高円寺に行った時に手作りのアクセサリーショップで見つけたんだけどな」

「デザインも計斗に合いそうだし、びっくりするほど安かったから即買いしたんだ」


「へぇ、そうなんだ?」


「気になるなら、店教えるぞ」

「灯絵ちゃんの気に入りそうなアクセサリーもたくさんあったから、一緒に行くといい」


「ありがとう。後でメッセージしておいてくれると助かる」


「おう」


夕星は満足げに笑うと、今度は咲ちゃんの方を見た。

咲ちゃんは、口元を緩めて頷く。


「では、次は私ですね」


プレゼントがテーブル越しにすっと差し出された。

小さく、少し薄めの箱だ。


「ありがとう」


「どうぞ、開けてください」


促されて、ラッピングシートを開ける。


「……手袋?」


「インナーグローブ、です」

「本来は釣りの時に使うそうですけど、主婦の家事やイラストレーターの作業にも人気なんですよ」


それは黒くて、ぱっと見、肌触りの良さそうな生地で出来ていた。

手袋と比べると少し薄手で。

穴あきタイプで、指は出るようになっている。

確かに、細かい作業に便利そうだ。


「これからの季節は冷え込むから、というのもありますけど……」

「計斗センパイ、最近バイトで色々な業務を任されるようになったじゃないですか」

「食材棚卸みたいに、冷蔵庫の中に長時間いなければいけない作業も増えました」

「センパイは大丈夫って仰ってましたけど……やっぱり寒そうだな、って思ったので」


「……ありがとう。本当に助かるよ」


「いいえ。是非、使ってくださいね」


「咲ちゃん、どうして計斗のバイトの内部事情を知ってるんだ?」


僕らのやり取りを聞いていた衣典が、不思議そうに訊ねた。


「あぁ、言ってなかったっけ。咲ちゃんとは、バイト先が同じなんだよ」


代わりに僕が答える。

その答えがよほど予想外だったのか、衣典はぴたりと動きを止めた。

3秒ほどして、我に返ったように呟いた。


「……そう、だったのか」

「計斗のバイト先って、居酒屋だっけ」


「正確には洋風居酒屋だけどね」


「……ってことは、夕星と咲ちゃんが付き合いだしたのって、計斗の紹介で?」


「いや、それは無関係なんだ」

「最近できた親友の彼女を紹介されたら、偶然にもバイト先の後輩だった件について」

「——って感じかな」


「おいおい、そんなライトノベルみたいな展開、現実にあるわけないだろ」


「いや、本当に偶然なんだよ」


僕自身、あの時は本当に驚いた。

美人だとは夕星本人から聞いていたけれど、それが咲ちゃんだとは夢にも思っていなかったから。

実際に咲ちゃんを紹介された時、しばらく呆然と見つめ合った後——

世間は狭いなぁ、と笑い合ったものだ。


「計斗センパイは本当に仕事の出来る方で、店長のお気に入りなんですよ」

「動きも速いし、丁寧だし、誰より気配りが出来て、教えるのも上手いんです」


「……なるほど。だから、計斗に対しては一目置いたような態度なんだな」


「ええ。計斗センパイのことは、本当に尊敬しています」

「まさか、夕星センパイの親友とは思いませんでしたけど」


「……そっか」


衣典は、どこか複雑そうに呟いた。

このライトノベルのような展開を、まだうまく飲み込めていないのかもしれない。

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