10/22 偶然で無圭角な計画④
「片肺?」
「そう。片肺」
「この言葉には、三つの意味があるんだと」
そう言うと、夕星は、ぴっと人差し指を立ててみせた。
「一つ目は、片方の肺のこと」
「まあ、そのまんまの意味だ」
「まず思い浮かぶのは、これだよな」
続けて、二本目の指を立てる。
「二つ目。双発機で、片方のエンジンだけしか動かないこと」
「双発機?」
「エンジンを二つ搭載してる飛行機のことだな」
「え、その片方が故障してるってこと?」
「それって、ちゃんと飛べるの?」
「ああ、飛べるぞ。操縦士の技術も必要だって聞くけどな」
「片肺飛行、って言い方をするんだ」
「そうなんだぁ……」
灯絵が感心した声を上げた。
夕星は微笑むと、最後にもう一本、指を立てる。
「んで、三つ目」
「両方揃って初めて十分な働きをするものが、片方だけしかないこと」
「二つ目の意味を汎用化したものだな」
「だから最近だと、法学や経営学なんかでも、片肺飛行って言葉を使うことがあるらしい」
「「へぇ……」」
僕と灯絵から、揃って感嘆の吐息が漏れる。
二つ目の意味から派生した、三つ目の意味。
あまり聞く言葉ではないけれど。
経営の話をする上で、片肺飛行という表現をするのなら——それこそ、お洒落な言い回しだと思う。
夕星はそれを見届けて、満足そうに頷くと、付け足すように言った。
「ちなみに、二つ目の意味も、一つ目から派生したものらしくてな」
「ほら、エンジンは飛行機にとっての肺みたいなものだろ?」
「それで、その状態を片肺って言葉で喩えてたら……いつの間にか別の意味として独立した、と考えられてるそうだ」
「一つの言葉だったものが、意味を派生させて、いろんな意味を持つ」
「これもダブルミーニングの一つの形。そういう人間の感性と遊び心から、日本語は様々な進化を遂げてきた」
「そういうのを研究するのが好きなんだ、って教授は言ってたな」
「「なるほど……」」
僕らは、ただただ感心しきりだった。
うちの大学でも特に人気で、毎回聴講生が十人以上はいる教授。
講義のテーマは『言語・文学の歴史』がメイン。
そのルーツの一部に触れられた気がして、少しワクワクした気持ちになる。
「ねぇ、夕星センパイ」
——と。
そこに、ふと咲ちゃんが申し訳なさそうに割り込んできた。
「ん、何だ?」
「話の腰を折ってすみませんが……そろそろアレ、注文してもいいんじゃないですか?」
「あまり遅くなると、店の人にも迷惑ですよ」
「あ、そうだった」
忘れてた、とばかりに頭に手をやると、夕星は近くの店員に声をかける。
「すみません、例の2番、お願いします」
かしこまりました、と一礼して、その店員はバックの方へ歩いていった。
何のことか分からず、僕と灯絵は顔を見合わせる。
「アレ?」
「例の2番?」
「まあ、もうじき分かるさ」
なだめるように夕星は笑った。
そして、その言葉の通りに。
5分もしないうちに、それはテーブルに運ばれてきた。
「パフェ……?」
そう。
それは、ストロベリーパフェだった。
普通のレストランのそれより、少し小ぶりで。
でも、イチゴは若干大きめで、ソースも多めにかけられていて。
何より——小さなろうそくが、三本ほど立てられている。
「……これって」
「知らないか? これ、裏メニューの一つなんだ」
「ここは大学の近くで、学生の利用者も多いだろ?」
「それで学生向けに始めた、独自のサービスだそうだ」
夕星は一拍置いて、告げる。
「裏メニューその2。誕生日仕様のパフェ」
「ケーキはさすがに作れないらしいから、これで勘弁な」
僕の誕生日は、明後日。
このメニューは、そのためのものらしい。
突然のサプライズに、呆然としてしまう。
でも、そう言われると、思い当たるふしがあった。
今日、灯絵の思いつきで突然決まったはずの食事会の話。
あの後、夕星が咲ちゃんにメッセージを送った様子はなかった。
だけど、咲ちゃんは裏門で示し合わせたように待っていて。
食事の話も、前もって知っていた様子だった。
それは、何故か?
「夕星……お前、最初から計画してたな?」
「ま、そういうことだ」
普段の落ち着いた笑みとは違う。
どこかイタズラの成功した子供みたいに、夕星は笑う。
「ちょっと早いけど……誕生日おめでとう、計斗」
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