10/22 偶然で無圭角な計画③

***




そんな流れで。

僕らは、同じテーブルを囲んでいた。

この五人で昼食、というのは初めてのこと。

ましてや、衣典と咲ちゃんに至っては初対面だ。

最初は灯絵と談笑していた衣典。

だけど、食事も進み、今は咲ちゃんと言葉を交わしている。

内心、どうなることかと思っていたものの——


「……ふうん。咲ちゃんの夢は、司法書士なんだ」


「はい。小学校を卒業する頃にはもう、法律関係の仕事に携わりたいと思っていましたね」


「小学生から? ずいぶん早いな」

「身近に、法曹界の人がいたのか?」


「いいえ、きっかけは大したことじゃないですよ」

「私は昔から美少女で、小学校でも知らない人はいないくらい有名でした」

「なので、男性から下卑た目を向けられることも多かったんです」

「そういう輩を法的に罰してやりたい、と考えたのが志望動機ですね」


「……やばい。今、咲ちゃんにかなり親近感が湧いたよ」

「ずいぶん子供っぽい……というか、人間臭い志望動機なんだな」


「失礼な。私は元々人間ですよ?」

「ただ、圧倒的美少女というジャンルに属しているだけです」


「圧倒的って。ま、実際そうだけどさ」


……この通り、全く心配はなさそうだった。

はっきりした物言い。

喧嘩を売っているわけじゃない。

ましてや、自慢したいわけでもない。

ただ、事実を言っているだけ。

そんな竹を割った性格の咲ちゃんと衣典とは、比較的相性が良いらしい。


「おーい、計斗。聞いてるか?」


「あっ、ごめん。何だって?」


二人の様子を見て安心していた僕へ向かって、夕星の柔らかい言葉が投げられた。

慌てて夕星の方へ向き直り、耳を傾ける。


「じゃあ、もっかい言うぞ」


……さて。

残った僕ら三人が、現在、何の話をしているのかというと。


「ダブルミーニングは、昔は数少ない娯楽の一つ」

「そして、洒落っていう文化そのものでもあったそうだ」


……夕星から、今日の講義の内容を説明してもらっていた。

さっきの灯絵の嘆願を受けてくれた形だ。

灯絵は、今度こそ聞き逃すまいとばかりに夕星の話に没頭している。


「ダブルミーニングとは、一つの言葉に複数の意味を持たせること」

「たとえば、古文なんかで出てくる掛詞」

「小野小町の和歌なんかが有名だな」

「『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』」

「『ふる』は降ると経る、『ながめ』には長雨と眺め、それぞれに二つの意味がかけられてるわけだ」

「ある意味ギャグではあるが……和歌として意味が綺麗にまとまってる辺り、洒落てて、洗練された文化って感じがするよな」


「確かに」


「高校の授業でやったね。懐かしいねえ」


「そう。この時代は、和歌が流行の最先端だった」

「洒落た言い回しの歌を詠む奴がモテる。そんな時代だったんだそうだ」

「流石に近代になってくると、そこまでじゃなかっただろうが……」

「まだ言葉遊びがお洒落だと認識されてはいたみたいだ」


ここでお茶に一口つけると、夕星は続けた。


「だけど、1960年台からは決定的に違ってくる」

「サブカルチャーを中心とした現代文化が広まっていく中で、洒落の文化はどんどん廃れていったんだと」

「生活が便利になって、娯楽が増えたことも、原因の一つだろうな」

「で、いつの間にか『駄』洒落と呼ばれ、馬鹿にされるようになっていって……」

「洒落の文化を知らずに育った世代の人間は『そんなの親父くらいしか言わないよ』と、嘲笑うようにすらなったそうだ」


「親父ギャグって、そういう意味なの?」


灯絵がびっくりした声を上げる。

確かに、僕も意味も分からず使っていた。

夕星は、我が意を得たといった風に笑った。


「ああ。そうだ」

「そうやって、洒落文化は終わりを迎えたわけだ」

「だけど、今でもそういう文化の名残はある」

「例えば、性行為のことを『寝る』とか『食べる』と表現することがあるだろ?」

「食欲、睡眠欲、そして性欲。人間の三大欲だ」

「性行為と直接言うんじゃなく、他の三大欲から引用することで、含みを持たせて表現したわけだな」

「別の意味を含ませる意味では、これも洒落の文化の名残だそう、なんだ、が……」


と。

突然、夕星は言葉を失速させて苦笑を浮かべた。

見ると、咲ちゃんが衣典との会話を中断して、コーヒーの染みでも見るような目を夕星に向けている。

『公衆の面前で何てことを口走ってるんですか』

といったところだろうか。


「……いや、単に講義の内容を説明してるだけだからな?」


弁明する夕星に対して、咲ちゃんは

『それでもTPOというものがあるでしょう。恥を知りなさい』

といった目を向けている。

無言の圧力に夕星は肩をすくめて、話を続けた。


「あとは——夏目漱石が英語教師をしていた頃、I love youを『月が綺麗ですね』とでも訳せ、と教えたという逸話もある」

「まあ、本当に本人が言ったかは今でも謎だけどな」

「誰かに『月が綺麗ですね』って言われたら『本当に月が綺麗と思ってるだけなのか、それとも……』って駆け引きができて、面白いだろ?」

「これもダブルミーニングの一つだよな」


「……なるほど」


僕は思わず苦笑した。

実は、そのセリフは灯絵に言ったことがある。

告白した時じゃないけれど。

灯絵はと見ると、頬を赤らめてよそを向いている。

……間違いない。あれは、絶対思い出してる顔だ。

夕星はそれに気づいているのかいないのか、どこか微笑ましい目で僕らを見比べて——

そして、ふと思い出したように口を開いた。




「そういえば、教授が好きな言葉の一つに『片肺』っていう言葉があるそうだ」

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