10/22 偶然で無圭角な計画①
***
先ほどの夕星の言葉を受けて、僕らは連れ立って大学の裏門の方へとやって来た。
さっきまでいた正門側と比べて、人通りはだいぶ少ない。
「咲ちゃん、この辺にいるって?」
「ああ」
僕の問いに夕星は頷くと——また照れ臭そうに頬を掻いて、笑った。
「というか、咲とはいつもここで待ち合わせてるからな」
「ほら、正門の方で待ち合わせると……ちょっとした騒ぎになるだろ?」
「……確かに」
ちょっとしたどころか、とんでもない騒ぎになりそうだ。
僕だけでなく、灯絵もうんうんと頷いている。
だけど衣典だけは、何の話かわからない、といった風に首をかしげていた。
「……なぁ、その咲って誰なんだ?」
「あ、衣典は会ったことないんだっけ」
心なしか、灯絵は少し胸を張って答える。
「夕星くんの彼女さんだよ」
「……あぁ、そういえばこの前言ってたな」
「古町に美人の彼女ができたって」
「そうそう、その子だよ」
なるほど、と衣典は頷く。
だけど、その顔はすぐにまた疑念に染まった。
「……で、ちょっとした騒ぎになる、ってのは?」
「その子は芸能人か何かなのか?」
「あ、芸能人ってわけじゃないんだけど——」
灯絵が答えようとした、その瞬間。
「……咲、お待たせ」
校門のすぐ脇の、木陰。
外からはほぼ死角になるその場所で、夕星は立ち止まった。
衣典の視線は、自然と夕星の目の前の存在へと注がれる。
そして。
「————」
衣典は——絶句した。
無理もない。
僕と灯絵も、初めて彼女を手にした時はそうなった。
「咲ちゃんは、芸能人ってわけじゃないんだけど……」
さっきの言葉を続ける形で、灯絵は口を開いた。
珍しく、苦笑気味の表情で。
「……芸能人なんて目じゃないってくらい、美人なんだよねぇ……」
そう。
女神というものが実在するのなら、こんな顔をしているのかもしれない。
ぱっちりと開かれた両の瞳は、サファイアさながらの輝きを放っていて。
その下に、自己主張は少ないものの美しい造形の鼻がすらりと並び。
薄紅色の唇はツヤツヤと光っていて、瑞々しい果実を連想させる。
腰あたりまで伸びるストレートヘアは、夜のように黒々としていて。
シミひとつない白い肌とのコントラストは、もはや一つの芸術とすら言えた。
「お疲れ、咲ちゃん」
「計斗センパイ、灯絵センパイ。お疲れ様です」
たおやかな微笑みを浮かべた後。
彼女は、真っ直ぐこちらへ近づいてきた。
歩き方一つとってもキッチリしていて、美しい。
そして、僕らの前で立ち止まると——横にいる衣典の方へ視線を向けた。
「えっと……こちらの方は?」
「あ、初めまして。僕は、神庭衣典っていいます」
「灯絵とは、中学の同級生で……まぁ、親友ってやつです」
衣典が簡単に挨拶する。
だけど、まだ圧倒されたままなのか、いつもより口調が緩慢だ。
咲ちゃんはそれを気にした様子はなく、ふっと口元を緩めて、言った。
「そうでしたか」
「私は、日室咲(ひむろ さき)といいます」
「法学部の一回生です。なので、敬語は要りませんよ」
「計斗センパイや灯絵センパイには、いつも仲良くしていただいています」
「よろしくお願いしますね」
言い終えると、咲ちゃんはきっかり30度頭を下げた。
営業や接客業なんかで習う、理想的な敬礼だ。
「あ……うん。分かった。よろしく」
挨拶を終えても、衣典はぼうっと放心したままだった。
灯絵がその肩をつつくと、ようやくはっと我に返った様子で。
そして、僕らの方に顔を寄せて、呟く。
「何だあれ……人間か?」
「天使か何かの間違いじゃないのか?」
「うん、気持ちは痛いほど分かるよ」
「あたしも初めて会った時、こんなに綺麗な子がこの世に存在するんだ……って思ったもん」
顔だけでも、周りを隔絶するほど美しい。
だけど、顔だけじゃない。
深窓の令嬢のような儚い美しさとは違って。
例えるなら、それは凛と咲く花。
空へ向かって毅然と伸びる姿勢や佇まい。
滑舌が良く、少し遠くてもはっきり通る声。
シワ一つない、清潔感あふれる服装。
一つ一つ、きっちりと洗練された所作。
そして何より、周りを惹きつける存在感とオーラ。
『美人』という言葉すら生温い。
もっと圧倒的な——『美』そのもの。
そう思わせるだけの何かが、彼女にはあって。
それそのものが、この日室咲という存在だ。
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