10/22 睡笑の夜、非睡の朝⑤

「えへへ」


灯絵は、衣典の胸でふわっと微笑む。


「はは」


僕の口からも、つい笑みが零れる。


「(まったく……)」


相変わらず仲良いのな、と衣典は言った。

だけど。


「(この二人も、相変わらずだよな)」


灯絵と衣典が知り合ったのは、中学1年の時。

付き合いの長さは、僕らのほぼ倍になる。

それも、二人の付き合いはただの友達じゃない。

親友なんだ。

だから、衣典が言ったような、嫉妬や羨望が起こるはずもなく。

ただ、見ていて微笑ましいと、それだけだ。


「…………あれ?」


――と。

親友、というワードに、ふと気づく。

本来ここにいるはずの人物がいないことに。


「灯絵、そういえば夕星は?」


「あ、夕星くんなら――」


灯絵が、衣典にしがみついたまま答えようとしたその瞬間。


「――こっちだ、計斗」


ぽん、と。

どこか優しくノスタルジックな声とともに、肩を叩かれた。

振り向くと、そこではよく知った顔が悠然と微笑んでいる。

ゴシック系とモード系を合わせた感じの、揺るぎない信念すら感じるファッション。

それを着こなしてなお際立つ、高い身長とすらっとした体型。

全てを許してくれそうな甘いマスク。

ゆるいパーマを当てた茶髪。


「……夕星」


「よう」


ゆらっ、と手を上げて笑ったのは、古町夕星(ふるまち ゆうせい)。

僕らと同じ学部で。

僕の方の親友で。

必然的に、灯絵とも仲が良く――

3人で、よく講義を一緒に受けたりする仲だ。

今日も、僕が遅刻していなければ、そのはずだった。


「やっぱりいたんだ」

「講義、灯絵と一緒じゃなかったの?」

「別々に出てきたみたいだけど……」


当然の僕の疑問に。

夕星は、肩をすくめて笑った。


「いや、一緒だったぞ」

「灯絵ちゃんが『けーくんの見舞いに行く』って、一足先に帰っただけだ」

「一応、ただの寝坊だろうしそんなに心配しなくても、とは言ったんだけどな」


「あぁ、それでか」


よく考えたら当たり前の話だ。

改めて、悪いことしたな、と思う。

灯絵にも、夕星にもだ。

夕星は事情を聞いているらしい。

そして、灯絵よりは正確に事情を察してくれたみたいだ。

僕を心配してメロメロになっていく灯絵を、夕星はなんとかなだめようとしてくれたんだろう、と想像できる。

ここはしっかり反省して、二人に心配をかけないように――


「ちなみに、講義中の灯絵ちゃん、めっちゃ可愛いリアクションしてたけど、聞くか?」


「え。聞く」


……思わず食い気味に答えてしまった。

さっきの反省はどこへやら、である。

だけど、彼女の可愛いリアクション、と言われれば聞き逃すわけにはいかない。

僕は『気をつけ』の姿勢を取り、夕星の方に耳を傾ける。


「ま、まぁまぁ夕星くん。そんな話はどうでもいいじゃないかね」


可愛いリアクション、とやらにはやっぱり照れがあるんだろう。

灯絵が、どこかヘンテコな口調で話を遮ろうとした。

……だけど、今もなお衣典に抱きついたままである。


「……いや、あっち向いて言えよ」


当の衣典は、呆れ顔で呟いた。

その様子を見て、夕星は笑いを堪えながら謝った。


「……悪い、俺は計斗の親友だから、聞きたいって計斗の意向を優先するぞ」


「ゆ、夕星くんの薄情ものぉ……」


灯絵のぼやきをスルーして、夕星は話し出す。


「まぁ、講義が始まった頃は、軽く戸惑ってる程度の表情だったんだが……」

「なんつーか、時間が経つごとに顔がどんどん死んでいってな」

「10分も経った頃には、もう半泣きになってて……」




***




「けーくん来ない……」


「ちょっと遅刻してるだけだろ。そんな心配すんなって」


「けーくんが遅刻……そんなわけない」

「高校でも遅刻したことないのに……」


「いや、『親父にもぶたれたことないのに……』みたいに言われても」

「遅刻くらい、誰にでもあるって」


「ううん……座右の銘は『用意周到』、好きな言葉は『死なない為に死ぬほど準備すること』……」

「そのけーくんが来ない……来ない……」


「お、おい……灯絵ちゃん……」


「……だいじょうぶ、大丈夫……大丈夫」


「そ、そうか……」




***




「とまぁ、そんなやり取りを小声でしてたわけだ」

「どっちかっつーと、大丈夫って自分に言い聞かせてる感じだったな」

「で、計斗から寝坊したってメッセージが来た後は、照れてんのか心配してんのかって表情で、きょろきょろしてたな」

「『けーくんが寝坊…けーくんが寝坊…』って」

「もう授業も上の空って感じで呟いてたな」

「二人の仲は知ってるし、普段は真面目に講義受けてるから、教授も皆も微笑ましく見てたけどな」


「……尊い」


思わず呟いてしまった。

全ての元凶は僕だし、心配させておいて尊いはないだろう、と自分でも思う。

だけど、可愛いんだから仕方ない。

そんな僕を、夕星は笑いながら眺めている。


「夕星くん、もうやめてえええ」


どうやら、恥ずかしさが限界を超えたらしい。

灯絵は、手で顔を覆う代わりとばかりに、ぐりぐりと衣典の胸に顔を押しつけた。

……もちろん、今もなお衣典に抱きついたままである。


「……いや、だから、あっち向いて言えよ」


当の衣典は、もはや諦めの表情で呟いた。

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