10/22 睡笑の夜、非睡の朝④
「うん、わかった」
「わかってくれた?」
僕の返事で、灯絵の笑顔にはさらに喜色がさした。
本当に嬉しそうに。
——だけど、残念ながら寝坊ライフへの勧誘に屈したわけではない。
僕はうなずいて、言った。
「次から、絶対寝坊しないように目覚ましを2つかけるよ」
「もうっ。全然わかってないじゃない」
灯絵の頬がぷくっと膨らんだ。
ハリセンボンもかくや、といった感じだ。
……心なしか、髪の毛もツンツン尖った気さえする。
その頭をぽんぽんと撫でて、諭す。
「いや、そもそも遅刻したり、欠席したら駄目だろ?」
「大学生には、自主休講っていう選択肢があるんだよ?」
「出席『するべき』講義をサボること、って意味だよな、それ」
「休んでいい、っていうのとは違うんだよ」
「む、むぅ……」
完全無欠な正論に、ぐっと言葉につまる灯絵。
続けて、丁寧に言葉をかける。
「それに、僕には僕のポリシーがあるからね」
「僕の座右の銘は用意周到——」
「好きな言葉は『死なない為に死ぬほど準備すること』でしょ」
「それは知ってるけど……」
「たまにはその座右の銘、サボってみたっていいんじゃない?」
「毎日ルールに縛られてたら、息苦しくなっちゃうよ」
「駄目だよ。それじゃ、ポリシーじゃなくなる」
「守り通してこそのポリシーなんだから」
「……今日は寝坊したくせにっ」
「それについては、反省してます」
「もう二度と寝坊しないから」
「心配かけて、ごめんな」
「……むぅぅ」
じとっと僕を見上げてくる灯絵。
その右目には『あたしはすねています』、左目には『本当です』と書いてある。
だけど、本気で怒ってるわけじゃない。
灯絵もわかってるんだ。
自分が、駄々をこねているだけってこと。
そして、そんな言葉で僕がポリシーを変えるわけがないってことも。
これは、単なるいつものコミュニケーション。
灯絵が、子供っぽい理屈や言葉を僕に投げて。
僕が、別の理屈で彼女を優しく諭したり、意趣返しをしたりする。
屋上で出会った、あの時のように。
少し変わっているかもしれないけれど。
それが、僕らのいつものコミュニケーションの形で。
そのやり方で、僕らはこれまでずっと仲と愛を深めてきたんだ。
「むー……」
——もっとも、灯絵がここまで駄々をこねているのは、コミュニケーションだけじゃなくて。
テンパっているところを見られた照れ隠し、というのもあるんだろう。
スキンシップがいつもより多いし……何より、耳だけはまだ真っ赤だ。
「この頑固モノぉ」
灯絵はまた、僕の胸に顔をぐりぐり押しつける。
そして、ぼそっと。
「でも、そんなところも好き」
「僕も、大好きだよ」
僕はまた、灯絵の頭をぽんぽんと撫でる。
一つ一つの行動が可愛くて。
なんというか、もう永遠に撫でていてもいい心地になった。
——だけど、そんな僕らのど真ん中へ、剣呑とした声が投げられる。
「なあ……僕もう帰っていいか?」
見ると、呆れを通り越して飽き飽きした様子の衣典が仁王立ちしていた。
そろそろしびれを切らしたのだろう。
その顔には『お前らえーかげんにせえよ』と、何故か関西弁で書いてある。
灯絵はゆっくり僕の身体を離して、衣典の方へ向き直った。
「あ、もう1分経っちゃった?」
「いや、3分は経ってるって」
「見せつけられんのはもう慣れたからいいけど、時間は守れよな」
文句を言いながらも、律儀に待ってくれたあたりは衣典らしい。
灯絵は、眉間にしわをよせた衣典に向かってちょこちょこと近づいていくと。
「衣典、久しぶりー」
ぎゅっ、と衣典に強く抱きついた。
「……おい、僕の話聞いてたか?」
「何で今の話の流れで抱きついてくる」
「聞いてたよ。時間が過ぎてもあたしのこと待ってくれてたんでしょ?」
「そもそも、臨時休講になったのに中央棟あたりで時間を潰してたのも、あたしと会うためじゃないの?」
「それは——」
どうやら図星だったらしく、言葉に詰まる衣典。
それを見た灯絵は、およそ僕と衣典にしか見せない、ふにゃっと幸せそうな笑顔を浮かべた。
「衣典のそういうところ、大好き」
「だから、抱きつくしかないでしょ?」
「……おい、そこの彼氏」
いっそう強く抱きつかれ、困り果てた衣典は、僕の方を見る。
「ん?」
「お前の彼女、僕に抱きついて好きとか言ってるけど、いいのか?」
「自分の感情に素直なところも灯絵の長所だよ」
「それに、相手は衣典だしいいかなって」
「ほんと、お前らは……」
呆れからか、照れなのか、それとも別の感情なのか。
衣典は、灯絵に抱きつかれながら頭を抱えた。
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