10/22 睡笑の夜、非睡の朝①

「………………」


初めに見えたのは、天井。

眺めを移動させる。

少しだけ開いた窓に、見慣れたソファ。

そこは、僕の部屋だった。

どうやら、夢を見ていたらしい。

そっと身体を起こす。

だけど、まだ頭は上手く回ってくれなくて。

そのまま、気怠い思考を巡らせる。


「懐かしいな……」


浮かんでくるのは、さっきまで見ていた夢だった。

高校2年生の春。

彼女と初めて出会った、あの日のこと。

あれから、僕達はどんどん仲良くなって。

二人の関係が恋人になるまでに、そう時間はかからなかった。

同じ大学に合格して、一緒に上京して。

喧嘩らしい喧嘩もなく、今でも付き合いを続けている。


「………………灯絵」


口の中で、ぽつりと名前を呼ぶ。

すると、コーヒーみたいに、じんわりと胸に熱が広がっていく。

それとともに、意識がだんだんはっきりしていくのを感じた。

立ち上がり、窓を少し開ける。

流れてくる空気に、目を細める。

そしてパジャマを脱ぎ、あらかじめ用意していた服に袖を通そうとする——

——そこで、僕は、ふと手を止めた。


「今の、夢…………だよな?」


さっきまでは、寝ぼけていたけれど。

もう一度振り返って、ようやくその違和感に気づいた。

そう。

今の夢は、びっくりするほどリアルだったんだ。

二人の出会い。

羽を広げた鳥のように、屋上に立っていた彼女。

だけど。

今よりは少し長めの、淡い髪の流れ方。

何かを抱えるように丸められた指先。

そして、笑う時にちろりと覗かせた小さな八重歯。

そんな細かいところまで、はっきりと見えて——

夢の中の出来事とは、とても思えなかった。

付き合い出してから、たくさん彼女の魅力に触れた。

だから、同じシーンでも、細かいところまで目がいった。

そう言われれば、そんな気もする。

だけど、問題はそこじゃない。


「(夢って、あんなに細かいところまではっきり見えるものなのか……?)」


幸せな記憶は、遠ざかるほど綺麗になる。

僕はそう思っている。

遠ざかるたびに記憶は薄れて、そのたびに頭が優しい方へと補完して。

やがてそれはじんわり光を帯びて、淡く尊く輝き続けるんだ。

そういう意味で、さっきの夢はどうも不自然に思える。

あれから3年も経ったのに、むしろあの時よりも色鮮やかで、リアルに見えた。

夢というより、追体験と呼んだ方がしっくりくるほど。

そう、それはまるで——


「……まぁ、考えすぎだよな」


呟いて、僕は服に袖を通し終えた。

夢占いに詳しいわけでもないし、そういう夢を見ることもあるのかもしれない。

後で、あれがどんな夢なのか調べてみよう。

それより今は、早く朝食の準備をしないと、と思った。

今日の講義は2限目から。

9時までに起きて、着替えて、朝食を摂る。

コーヒーを飲みながらニュースを見て、10時には家を出る。

それが、今日のスケジュールだ。

出かける準備は、昨日のうちに既にしてある。

なにせ、僕の座右の銘は『用意周到』。

好きな言葉は『死なない為に死ぬほど準備すること』なんだ。


「今、何時だ……?」


——と。

そういえば、今日はまだアラームが鳴ってないな、と気づいた。

スマートフォンを手に取り、スイッチを入れる。


「ん?」


その時、灯絵からメッセージが入っていたことに気づいた。

しかも、4件も。

朝から珍しい。

何かあったんだろうか、と思ってアプリを開き、それに目を通す。




『どうしたの?』


『もう講義はじまるよ』


『大丈夫?』


『しんぱい』




それは、なぜか僕を気遣うような内容だった。

最後のに至っては、まるで講義中にこっそり送ってきたみたいに、ひらがなで書かれている。


「えっ?」


僕は、びっくりして時間を確認した。

画面の上の方には『11:34』と表示されている。

見間違いかと思って、目をこすってみる。

……あ、今ちょうど11:35に変わった。

起きてからのことを振り返る。

やっぱり、アラームを止めた記憶はない。

だけど、液晶画面は確実に、そして着実に、その時刻を告げていた。

大学は、2限目から。

つまり——10:40から。


「…………」




「……………………あれ?」

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