第36話 トール・ゼルティアス
私は……トール・ゼルティアスはアリシャお嬢様の事が好きだ。
引き取り手のいなかった私を引き取ってくれたマクギリス様達にも恩があるが、彼ら以上にお嬢様の事が大切だった。
もしどちらか一方を切り捨てなければならないのなら、私は間違いなくお嬢様を選ぶだろう。
そう確信するほどに。
けれど、お嬢様は優しすぎる。
そして、とても危なっかしい。
誰にでも手を差し伸べ気に掛けるその性格は素晴らしいものだと思うが、良からぬ者にまで親切を働いてしまう。
だから、そのせいで危ない人間に目を付けられないか、気が気ではなかった。
それに、幼い頃に女神ユスティーナ様に加護を賜って「痛みを感じない」体質になってしまったのも、私のその感情に拍車をかけていた。
今よりずっとお転婆だった子供の頃のお嬢様は、色々なところに言っては傷を負い、そしてそんな己の姿にあまり気がつかなかった。
そんな彼女の姿を見た時に、私が何度肝を冷やした事か。
どこか安全な所に閉じ込めて、大事な所にしまい込んでしまいたいと思った。
お嬢様は私が自由にして良い物などではないにもかかわらず。
しかし、私のその思いは抑え込もうとしても抑えきれるものでは無く、年を経るごとに強く大きく膨らんでいった。
お嬢様が婚約者であるウルベス様と、幼なじみであるアリオと話すのを眺めていると、時々強引な行動に出たくなってしまう。
自分の望み通りでいて欲しいと思う。
自分の望み通りの状態で。
そんな事彼女は望んでいないだろう。それは自分にも分かっているというのに。
だから、あえて主人として距離を置き、妹に接するようなそれに留めていた。
だが、もしも抑えがきかなくなった時。
お嬢様が軽蔑してくれるなら救いがあった。
なじってくれるなら、憎んでくれるならまだ良いのだ。
その時に自分が酷い事をしているのは、おそらく事実なのだから。
だがおそらく、お嬢様はそんな事をした私を見て、悲しむのだろう。心配するのだろう。
心がひどく傷む。
いっそ、こちらから傷つきにいけたらと思う。
この汚い心の内をぶちまけられたら、と。
お嬢様は私の正体を知らない。
私の町は疫病で滅んだと聞いているがそれは違うのだ。
吸血鬼。
血を欲して眷属を増やしていく吸血鬼が、私の正体である。
住んでいた町が滅んだ本当の事実は、誰にも教えていなかった。
私の両親の正体がふとした事で町の者に知れて、争いになってしまい、共倒れになってしまったという事を。
両親は二人とも同族だったが、先祖に人の血を多く取り入れすぎたため、私にはあまり力が残っていない。
だがそれでも、両親にも私にも血を吸った人物を操る力だけは残されていた。
もし、己の心の欲望に負けて、そんな力をお嬢様に使ってしまったら。
私はきっと一時の幸福を得られても、一生後悔し続けるのだろう。
出来ればこれまでと同じように、過ごせますように。
れからもずっと同じままで、私がお嬢様を傷つけるなどという最悪の事態が起こらないように。
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