第17話 成仏したので円満解決です



 ゲームをしてたころは、ただ悶えてれば良かったイベント。


 けれど、今は命がかかっているから、そんな感情にひたっていれるわけがない。


 心を焦がすような緊張感の中、数分もしない内にその時が来た。


 気配がそれと分かる程、はっきり近づいてくる。


 ウルべス様は、怨霊を鎮める為の道具を取り出した。


 それは彼が持つ楽器、ゲームでは好感度チェックの恒例道具だったフルートだ。


 小さい頃にもらったらしい物。父の手作りだと教えてもらったその笛は、彼が屋敷に尋ねて来ても、一度も演奏してくれなかった物だ。


「音楽を奏でることによって怨霊を導く……」

「怨念に取りつかれている魂には、言葉で語りかけるより音で語りかけた方が通じやすいためだな」

「割とロマンチックな方法ですわね」

「君は一体どんな方法を、想像していたんだ?」


 ゲームのこのシーンに入る前は……、外国映画のエクソシストみたいに、十字架とか聖水とか用意して、何か長ったらしい呪文っぽいのを唱えるかと思っていた……などと言ったら、さすがに引かれるだろうか。


 転生前の人生では映画鑑賞が趣味だったので、そういうものもよく見たのだ。

 おかげで女子にあるまじきグロ耐性もついた。痛みの加護とセットでこの体質はとてもお得である。


 と、そんな事を言い合っているうちに、霧の向こうから怨霊が姿を現した。


 禍々しい巨大な悪霊がこちらを見つめながら、血の涙を流している。


「下がっていてくれ」


 私が下がると、ウルべス様は演奏しはじめた。

 悲しげな旋律が周囲に満ちる。


 怒り狂うように、身に纏う炎を揺らめかせていた怨霊だが、笛の音が聞こえてからは徐々に大人しくなていった。


 頬を伝っていた赤い涙がとまり、苦悶の表情が安らいでいく。


 巨大な体が、淡い光に包まれていった。


 やがてその姿は透けていく。


 一曲分の演奏が終わる事には、完全に姿を消してしまっていた。


 周囲の靄も、知らぬ間に晴れていた。


 遠くへ避難していた生き物たちが戻ってくる気配を感じて一息。


 空を見上げれば、ウルベス様の演奏に影響されてか、何匹かの小鳥が鳴いているところだった。


「お嬢様ー」


 遠くから使用人達と、トールが走ってやって来る。


 心配そうな彼等手を振って無事をアピール。


 悪霊は消えていったが、彼?彼女?が暴れた痕跡はお花畑の中にしっかり残っている。


 これは、熊とかの大型生物に追いかけられた事にするしかない。


 事実をありのまま話すと、後で父親から「どうして目を離したんだ」とトール達が叱られてしまうかもしれないから。


 場合によってはクビという事になるかもしれない。

 だが、相手が動物ならば、まだ庇い様があった。

 ウルベス様はハーフエルフだから……。


「ウルベス様、申し訳ありませんがこの事は……」

「ああ、分かっている。私も人に話す事ではないと思っているしな」


 この場で起きた真相の目撃者にそういえば、そんな答えが返ってきた。


「君との秘密も悪くない」

「ありがとうございます」

「っ!」


 迷ったけれど、この世界では好意を表すのと同時に礼儀でもあるし、と私はウルベス様のフルートを持っていた手の甲に口づけをした。


 現実世界だったら、好きでもない人間にこんな事されたら、「何勘違いしてんのコイツ」という事になるし、私も恥ずかしいのだが、この行動が正しいという事は彼の表情が証明してくれた。


 わずかに頬を染めたウルベス様は、非常に良い画になった。けれど、私の視線から逃れる様に顔を背けてしまったし、駆けつけてきたトールの喧しさによってじっくり観察する暇がなかったから残念だ。


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