第16話 信頼の証
私は彼に向けて口を開く。
そろそろバテて来た。
走りながら喋るのはかなり辛いのだ。
「う……ウルベス様、何をお悩みなんですの?」
「私は……ハーフエルフだ」
「ええ、存じておりますわ」
「先祖は森の奥で墓守をしていた一族だった。迷える魂をあの世に送る方法は、父から教えてもらっている」
前置き長いですか?
そう聞きたかったが、無言で続きを促す。
要点に辿り着くまで話が長くなるのは、彼との会話の特徴だ。
彼には悪いと思ったが、私のためを思うならもう少し前のめりに勇気を出して欲しい。
……なんて考えてしまうのは、これが二度目で何度もゲームで見た光景だからかも知れないが。
内心で色々考えてる間にも話は進んでいく。
慌てて意識を引き戻す。
「ならその方法を」
「だめだ!」
静かに、けれど強い口調で否定される。
それは、日ごろの態度を考えれば彼らしくない一面だ。
心の乱れを表すように、ウルベス様の表情がぐっと険しくなる。
「その方法に失敗したら、君を危険にさらしてしまうかもしれない。だから私が囮になって引き付ける。その隙に、君は別の方向に逃げるんだ」
「ウルベス様……」
優しさと労わりに満ちたその言葉に、私は言葉を失う。
しかしそうしてから、一周目と同じように言う。
その行動に迷いはいらない。
私のこの返答は、きっと何度繰り返したって変わらないから。
「何を寝ぼけた事おっしゃいますの? 一人で逃げるだなんて、死んでも御免ですわ」
いきなりの暴言だ。
あまたの修羅場をくぐってきた騎士様でもさすがに面食らった様子。
ウルベス様は、しばらく呆然とした。
これなら邪魔は入らないなと思ったので、ついでにもうちょっと予想外を披露しよう。
私はその流れで「とやっ!」っと、つい先ほどの散歩で拾い集めた綺麗な石ころで、自分の額を打った。
痛い。
血が流れた。
「婚約者殿……っ!?」
走り回っていては言いたい事が満足に言えない。
突然の私の奇行に目をむくウルベス様。
だけど、私は立ち止まって彼にたたみかけるように言葉を続けた。
「冷静に考えましょう。私が別の方向に逃げたとします。一時は安全でしょうけれどしかし、ウルベス様が失敗した場合、私が別の方向に逃げても意味はないのでは?」
「それは……」
あの怨霊に対抗できるのは、ただ一人。ウルベス様のみだ。そんな彼が敗れてしまうのなら、ほんの少しばかり私が生き延びたとしても意味のない事だろう。
彼は愚かではない。
分かっているはずなのだ、私が言った可能性の事を。
それでも彼は、感情を優先してくれた。
その事を嬉しく思うと同時に、ほんの少し悲しくなる。
「では、感情的に言いましょう。ウルベス様、私は貴方を見捨てて逃げたくありません。私は貴方の婚約者ですもの。たとえ互いの気持ちがその事実に追いつていないとしても、夫婦となる者達は一連托生の間柄ですのよ。どちらか一人か、なんてそんなのありえませんわ」
「しかし」
理屈で考える人はこれだからもう、と私は額から流れて来た血を、服の袖でぬぐう。
令嬢らしくない仕草だが、ウルベス様はそんな事で誰かを幻滅したりはしない。
「この傷は信頼の証ですわ。私自身の手によってつけられたものだから、決して致命傷になりません。そして、私はこれ以降私を傷つけません。だから、貴方が守ってくださるなら、私の体に傷がつく事は絶対にありませんの。私はウルベス様を信じてます。きっと優しい貴方ならどんな怨霊でも鎮める事ができますわよ」
彼は大きく口を開け、一瞬の間を置く。
けれど、すぐにその口元は弧を描いた。
「……まったく、君には敵わないな」
説得の言葉を受けたウルベス様は、苦笑をもらして、答えを返した。
「覚悟を決めよう。アリシャ殿。二人で生きる。だから私に命を預けてほしい」
苦悩がとけた攻略対象の表情は、その気がなくても少しドキッとしてしまいそうだ。
「やっと名前を呼んでくださいましわね」
「今気にするのは、そこだろうか?」
呼び方も大事な事だ。
二周目の記憶が残る中で、婚約者殿などとよそよそしい呼び方をされるのは寂しかったのだ。
私達は、そのまま怨霊がこちらに追いつくのを待った。
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