第19話「ブートキャンプ 前」

 その後のメニューは、それなりにこなされた。

 シアリーズが起きたので、何はともあれ夕食にしようという事になり。

 俺たちは手厚く歓待された。

 そして何より。

 夕食のひと品に、俺の〇〇牛を使った牛丼が出てくれたのは嬉しかった。


 セラスが気を利かせて、俺の物資の鮮度を保っていてくれたのだという。

 異世界の物質には直接の管理権限が無いので。

 パックの周囲の空気を冷やして、冷蔵庫のように鮮度管理しておいたとのこと。

 さすが管理のプロ。

 ありがたい話だった。


「チョコレートが溶けては、歯応えが損なわれますので…」


 気を利かせたのはそちらでしたか奥様。

 きわめて実用的な管理で何よりですね、ええ。 


 そして風呂、就寝と難なくこなして。

 俺たちは、沼地の泥のように眠ることになり。

 

 翌朝。


 朝食が済んで、とりあえず状況の把握に努めることになった。

 シアリーズの指示である。

 いわく、急いては事を仕損じるとのこと。

 状況の変化を、確実に理解せよとの仰せが出たのである。


 そして俺は今、シアリーズの許可を得たうえで建物を出て。

 草原に新しく据え付けられていた、シューティングエリアに入っている。

 装備の確認と、その訓練である。

 武器αと武器βとして渡された、両方の拳銃の訓練と。

 戦闘服Ⅰ型の試着及び動作確認であった。


 トレーナーには、サティアが付いてきた。

 この娘がなぜ、現代銃器の取扱いを知っているのだろうと思ったが。

 そもそもこのサティアが、地球の文化のマニアであり。

 俺に持たせるなら現代銃器であろうと主張したのだとのこと。


「こういうのって、普通はチートとか神剣とか大魔法とか成り上がれる知識とか」

「まあ…それでも良かったんだけどね」


 ちなみに、寿命の割譲が済んだ時から、サティアの口調は元に戻してもらった。

 いわゆる、僕っ娘の状態に。

 マカロンを食べた時と契約の時に、自然に地が出ていたのでね。

 もうそういう堅苦しいのはいいよと告げて、自然にふるまってもらっている。

 何せ、もうすぐ消えて無くなる筈の身だったのだ。

 これ以上、この娘の身にストレスをかけたくはなかった。


「でもお兄ちゃん」


 …。


 お兄ちゃん呼ばわりはちょっと照れ臭かった。


 だが待って欲しい。

 勘違いしないで欲しい。

 通報とかマジやめて。

 これはセラスとサティアが、がんとして譲らなかった結果なのだよ。

 寿命をくれたから家族なのだそうだ。

 種族まで違って家族も妹も…とは思うが、その辺はこだわらないらしい。


 逆に言えば、他にどういう言い訳の方法があるのだろうか、世間体に対して。

 今の状況を端的に述べるなら、こうだ。


 『寿命を半分わけてあげたら、ドラゴン娘じゅうにさいに懐かれた。もう遠慮しない』


 ひどい絵面だ。


 間違いではない状況説明のつもりなんだ。

 しかし。

 元の世界でやらかしたなら、ごくごく当たり前に事案である。


 いや、こちらの世界であってもだ。

 街でこのような説明なら、官憲に追い回されてもおかしくないだろう。

 この世界だろうがどの世界だろうが、文句は言えない立ち位置であった。


 そんな、本題とずれた事を考えていた俺に。

 サティアから、驚くべき事実が伝えられた。


「お兄ちゃんの場合はねー。

 ・剣術から格闘術までの戦闘技術を、ほぼ知らない

 ・魔法は、まだまともに使えない

 ・そもそも、この世界の事を殆ど知らない

 …とまあ、こういう状態なんだよ。

 チートを持たされた所で、それを十分に活用できるはずもないっていう。

 まあはっきり言えば、お話にならない状態なんだよね」


 …え。

 俺って、そんなに弱いの?


「シアリーズお姉ちゃん達と一緒になる前、接敵しなかったのは幸運だったね。

 あの辺り、狼がいるのに嗅ぎ付けられなかったなんて」


 …そうか、弱いのか。


 サティアはぼかして言うが。

 つまり、あの森で狼なり何なりの外敵に接敵していたら喰われていた。

 そういう事なのだろう。


 ちなみに、俺を転移させたセラスの名誉のために付け加えるが。

 そんな地に転移させなければならない程、異世界転移は難しいらしい。

 まあ、その辺のいきさつは、おいおいサティアが語ってくれるだろう。


 それよりも。

 甚大な魔力があり、魔法適性もあるというのに。

『まだ魔法はまともに使えない』とは。


 …。


 聞き逃せない台詞であるが、サティアは嘘をつかないだろうし。

 覚悟を決めて、おれはその件について説明を求めた。


「ガソリンをいくら備蓄していても、車が無いと移動できないよね」

「魔力はあっても、それを魔法に変換する技術を身に付けていない…?」

「こればかりはしょうがないんだよ。魔法使用に対する経験が足りないんだ」

「適性があるだけ、まだ救いがあるってことか…」


 では、どうすれば俺は当面を生き残れるのか。


「だから、銃器なのさ。

 お兄ちゃん、元の世界で銃だけは撃ったことあったよね」

「ああ、事情が重なって、別段行きたくもなかったハワイでちょっとな」


 なぜ、そのことを知っているのだろうと思ったが。

 そんな俺の疑問に、さっとサティアの言葉がかぶせられた。


「いちばん何とかなりそうな、銃の経験で頑張るのがいいと思うよ。

 あと、チートって言うなら、武器や装備方面に注ぎ込んでおいたから」

「…ん?」


 サティアは、武器βを指さす。

 目録にあったように、この武器は非殺傷能力を主に発揮する。

 衝撃・雷撃・音響・麻痺などの、種類に富んだ弾頭を使用できるという。

 ひと味違う銃だ。

 そんな弾丸は、元の世界でもほぼ目にしたことはない。


 するとまさか、これの弾薬供給は。


「そう、武器β。

 この銃は最初から、魔力を弾丸として射出する事が出来るんだよ」


 そして、俺の射撃訓練が始まった。

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