第18話「異世界適性 後」

「はっはっは」

「…?」

「いや失礼。自虐ネタにして笑うしかない内容だったので」


 俺が宙を向いて乾いた笑いを発したので。

 サティアが、少しとまどった様子を見せる。

 失礼だ何だと、難癖をつけられるとでも思っていたのだろうか。

 貴女のせいじゃないんだ、安心してくださいよと告げておいた。


「…続きまして、割譲に対する代償の件ですが」

「ふむ、ぜひお聞かせください」


 俺の寿命半分と引き換えに得られる代償は、下記のとおりです、と。

 すっと、サティアが目録を差し出してきた。


 ・武装:成長型銃器α:初期設定3インチ回転式拳銃:装弾数6発

    (殺傷能力保有)

    (攻撃能力は使用弾薬に依存(拳銃弾等))

    :成長型銃器β:初期設定9mm自動拳銃:装弾数17+1発

    (非殺傷能力保有)

    (攻撃能力は使用弾薬に依存(衝撃、雷撃、音響、麻痺弾等)) 

 ・装備:擬態戦闘服Ⅰ型:熱光学迷彩、物理及び魔法吸収能力、空間収納機能

     自律修繕、対気候能力、成長機能保有

    :シアリーズ・リリアン・ヴァレンティン氏供与の剣

    (超音波振動剣に改造・形状は命令により任意に変化可能)

 ・機器:空間設置型モニタ

     音声または意思入力により状況表示(スマートフォンと排他置換)

    :移動設置型居住施設(現在体験中)

 ・従者:1名


「なお、百万年ほど継戦できる物資が、空間収納にしまわれています」

「…」

「…足りませんでしょうか…」

「い、いやそうじゃないんだ」


 百万年継戦って…そもそも生きちゃいないだろ。

 ってか、成長型銃器って何なんだよ?


「成長変形、分離合体する武装システムです。初期は拳銃型を取り、最終的には」

「には?」

「地球が存続する未来に渡っての、保有兵器すべてを網羅できます」

「…あー、例えばそれがその…軍艦などでも?」

「階層型自律AI制御の元、次元潜航艦を含む、航宙母艦打撃群を編成可能です。

 日本製なので大丈夫」


 まるで星系ひとつ吹き飛ばせそうな勢いである。

 めちゃくちゃだ。

 あと、日本の未来はどうなったんだよおい。


「これでも、弑せるとは思えません」

「…うっ」


 さらりと、まるで明日の天気の話のように。

 サティアが、とんでもない台詞を口に出す。

 はなっから、やる気なんだなこの娘。

 さすが管理者の娘、発想のスケールがいきなり違う。


「これらは、今後考え得る『この世界上での障害』を排除できる程度です」

「どんな艱難辛苦が俺を待ってるんだよ…」

「まずは、街への送り届けでしょうか」

「むしろ送迎バスをよこしてくれたまえよ、君」

「すみません回送中です」


 ちろりとルナに視線を飛ばせば。

 肩をすくめて首なんざ振ってやがるわあのエルフ。

 俺の隠し玉がマカロンだけと思うなよ。

 思いっきり食わせてやるからな。


 次にシアリーズ様とルナ様についてですがと、サティアが続ける。

 おや、お嬢様たちにも手土産ありか。


「現状、ご個人が抱える問題をひとつ、解決させて頂きます。

 先ほどの失礼のお詫びとさせて頂ければと思います。

 ただし、運命の輪に描かれている内容については変更できません。なので」


 聞こえるかとルナの方を見れば、うって変わって真面目な顔で首肯した。

 これからは、彼女たちにとって冗談では済まない話になるのだしな。


「シアリーズ様については、魔法の使用制限を解除させて頂きます。

 またルナ様については、魔力容量をふさわしいものにさせて頂きます」


 よく意味が分からなかったが。

 

「…まぁ、悪い話じゃありませんわねぇー」

「お嬢様!?」


 むくりとベッドから上半身を起こしたのは、下着姿のシアリーズだった。

 お目覚めかね、眠り姫。

 そう思ってお嬢様の方を向いた俺の視界は、一瞬おいて真っ白に染まった。

 俺の顔面に叩きつけられた枕は、言わずもがなのルナの仕事である。


 そりゃまあ慌てていたし、着せる間に頭を揺さぶるのもいけないだろうからな。

 寝かせておいて寝間着姿でないのは、無理はないんだが。

 しかし枕の勢いが脳震盪を起こしそうな威力なのは、わざとじゃなかろうな。


「シアリーズ様、御召し物を!」

「育っていれば隠し甲斐もあるものを…。ルナ、枕投げが『早すぎ』ましてよ」

「いつそんな面白い台詞を覚えられましたかっ!」


 珍妙な会話を向こうに聞きながら、俺はサティアに振り返る。


「そこについては、シアリーズ様とルナに確認いただきたい」

「承知いたしました。いかがなさいますか、おふた方」

「異議はないですわ。そもそもわたくしと貴方がたは敵ではありませんの」

「私としても同じだ。意地を張って危機を排せないでは本末転倒だしな」


「では、これで決まりという事で」


 ノックの音がして。

 そんな台詞と共に入室してきたのは。

 安堵にまみれた顔の、セラスであった。


 そのまなざしの奥に、多大なる焦燥があることを、俺を始め皆が見て取った。

 シアリーズは目礼、ルナと俺は立ち上がって最敬礼して。

 サティアは交渉が平和裏に進んだ笑顔を、セラスに向けていた。


 セラスは深々とお辞儀をして、礼を述べた。

 さて、契約履行の時間である。


「失礼ながら」

「ああ、わかりますよセラスさん」

「こちらに、サインをお願い致します。サティア、用意なさい」

「うん、わかったよ」


 セラスが、宙に浮かばせた書類箱から契約書を取り出す。

 僕っ娘しゃべりに変わったサティアが、羊皮紙の契約書を差し出してくる。

 俺とサティアめいめいが署名して、それを交換する。

 セラスが割り印を押し、証人としてシアリーズとルナが名を記入した。


 ここに、俺の異世界でのイベントがまたひとつ、消化されたのであった。

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