第17話「異世界適性 前」

 シアリーズが倒れてから。

 それからが大変だった。

 ルナはシアリーズの確保とバイタルチェック。

 俺はセラスに交渉し、俺たちが休める施設を用意して貰った。

 セラスは、俺の希望に当たり前のように応じて。


「お待たせしました」


 シアリーズをベッドに寝かせ、やっとソファに腰を下ろせた俺たち。

 ノックの音の後に部屋に入ってきたのは。

 水差しやタオルなどをワゴンに用意したサティアであった。


 時は、少しさかのぼる。


 俺の腕の中の倒れ込んできたシアリーズ。

 そもそも、マカロンの力で保たせてきた体力、精神力ではあったが。

 ろうそくの灯が、最後の一瞬だけやけに明るいように。

 そのひと時だけ使える、いわば最後の力を使い尽くして。

 彼女は、気を失ったのである。


 やれやれと、ルナがため息交じりに俺に近づき。

 手慣れた様子で抱え上げると、すぐに俺に指示を出す。


「コーイチ。椅子を並べて寝台を作れ」


 余っていた椅子を一列に並べ、簡易のベッドを作る。

 ルナはそこにシアリーズを寝かせて、バイタルのチェックを始めた。


 女の子が目の前で気を失うなどという、滅多に起きないことを目の当たりにして。

 俺は震える声で、ルナに問いかける。

 湖の近くで、このふたりが気を失っていたが。

 あれとは、レベルの違う衝撃だった。


「ど、どうなんだ」

「心配はなかろう。お嬢様は気を失っているだけだ」

「そう…か」

「ああ、バイタルは気を失っている時の平均値だ」


 ルナが言うのなら、安心していいのだろう。


「だが、このままというわけにはいかない。わかるな」

「あ、ああ…」

「セラス殿と交渉しろ。安全な寝所を確保したい」


 その時、ふっと俺の頭上に影が差した。


「申し訳ございません」


 セラスの声だ。

 突拍子もない申し出から舌戦、ひいては10歳の女の子が気を失うという。

 いささか乱暴とも言える席になってしまったこと。

 それについての謝罪なのだろう。

 だから。


「どうぞ、こちらへお連れ下さい」


 目の前に、西洋建築の2階建て、ざっと見20室の寮が建っていても。

 誰も驚きをおくびにも出さなかった。


 ルナは、シアリーズを抱えて2階の奥の一室に向かう。

 わざわざ他の部屋をスルーして、だ。

 開けろと言われてドアを開け、ふたりを部屋に通す俺。

 だだっ広い部屋にソファやテーブルが並べられて。

 その奥にベッドが見える。

 ベッドの様子を見てから、シアリーズを寝かせて毛布を掛ける。

 ふたりでの作業は、ルナは手慣れており、俺はたどたどしいものだった。


「しばらくすればお目覚めになるだろう。それまでは待機だ」

「部屋内のチェックをしてきてもいいか」

「頼む、私はお嬢様のお世話をする。


 慌てていて、そこまで気が廻らなかったが。

 部屋を見てみれば、リビング、バス、クローゼットにドレッシングルームと。

 超一流ホテルのスイート並みの装備が取り揃えられていた。

 ご丁寧に執務室まで存在するのである。

 もはや基地だろこれ。


 加えて恐ろしいことに、トイレは水洗の洗浄タイプ、蓋は自動で開閉で。

 完全に元の世界のアレである。

 個室内のラックに、取扱説明書まで置いてある気の利きようときた。

 流石にメーカー問い合わせ電話番号までは書かれていなかったが。


 ルナから、戻ってこいとの声がかかった。

 残りの部屋のチェックを手早くすませて交代する。

 シアリーズの様子に変化はない。

 ベッドサイドに用意された、布張りのスツールに腰を下ろす。


 しばらくしてルナが、深刻そうな顔でトイレの使い方を相談しに来た。

 まあ、普通は来るだろう。

 説明書片手に、ひと揉め有ったのは言うまでもないが、記すべきことでも無い。

 表現に恐ろしく気を使ったことは間違いないから、安心して欲しい。

 ありがたいことに、男女のトイレは分けられていたしな。


 セラスはホテルマニアというか、スイートルームマニアに違いない。

 しかもそれを自分のセンスでアレンジして来るとか、引くレベルで突き抜けてる。

 やっぱり、人間これくらい尖っている奴じゃないと面白くないんだろうな。

 目立って馬鹿やって見た目に金使ってれば、俺も違った人生だったかも。

 そう言う愚痴すら、頭の中に浮かぶ。

 いかんいかん、仕事中なんだ。シアリーズとルナ優先で立ち回らないと。


 ともあれ、部屋の間取りなどのチェックを澄ませ。

 俺たちは、ベッドの傍に用意されていたソファに腰を下ろした。

 ちょうど、ベッドの上のシアリーズを確認できる位置である。


「ふう…」

「はあ…」


 ソファの質が良く、思わずふたりともため息をつく。

 とにかく、ふたりとも疲労が色濃い。

 お互いに視線で、何とかしないと俺たちも保たないと確認する。


 サティアが部屋に入ってきたのは、そんな時だった。


 そして、今。


「どうぞ、これを」


 水差しにタオル、洗面器などを用意してくれたサティア。

 ルナがありがたくそれを受け取り、シアリーズの傍らに座って手当てする。


 どうしたものかと思ったが、俺は出来ることをすべきだと思って。


「サティアさん、もしお時間あれば、お話をしたいのですが」


 と、サティアにソファに掛けるように誘ってみたのである。


 サティアとしてみても、いま俺と話す以上に重要な仕事があるわけでもない。

 自身の肉体が喪失していき、残された時間はあと3日という状況。

 そこに、力業で垂らされた蜘蛛の糸が、案外と登山用ザイル並みに太くて。

 そのザイルから、ちょっと話しませんかと言われれば、是非はないだろう。


 サティアは、セラスのいない状況に少し戸惑っていた様子ではあるが。

 すっと一礼すると、俺の勧めるままに、ソファに腰を下ろした。


 セラスがここにいないのは、シアリーズに再度の負担をかけないためである。

 だから、この席ではセラスに頼ることができない。

 そもそも自分の事なのだから、自分の判断で事を進める部分も必要だろう。

 そういう雰囲気だった。


「先ほどは、母が失礼いたしました」


 そんなふうに切り出したサティアから、色々な事情が語られ始めた。


 俺が異世界に呼ばれた理由が、サティアへの寿命の割譲であることは変わらず。

 新たに語られた選択の基準が、すこし意外なものであった。

 いわく、


 1)あの時点、あの地域で一番、人生に絶望していたこと

 2)個人単位で保有している魔力量が甚大であり、魔法適性があること

 3)無視できないほどの、土地神の恩恵を受けていること

 4)状況の変化に対する理解力があり、とても友好的な性格であること


 この4つから、転移の対象として取り上げられたらしい。

 まあ、1)と4)は自覚していたから驚かないとして。

 2)については何なのだろう。


「生命は、肉体がどうあれ、形成されるときに魔力を内包します。

 ですが、属した世界に魔法のシステムが構築されていなければ無用の長物です」

「俺の世界は、そのシステムが無かったから、量のある魔力を活かせなかったと」

「そういう事になりますね」


 ちなみに、1)の原因となったのが2)であるとのこと。

 申し上げにくいのですがと前置きして。

 2)こそが元の世界でうだつが上がらなかった一因であると。

 そう、サティアは語った。


 元の世界であれだけ苦しんだ

『周囲になじめない』

 というやつである。


 それは、言い換えれば。

『周囲の人間が、俺となじむ資質を持たない』

 ということ。

 むしろ、これが真相なのだという彼女の言であった。


 魔法のない世界で魔力にあふれるものが持つ、その潜在能力の大きさ。

 それらは、本人にすら無自覚なままに。

 周囲の人間を、本能的に畏怖させているという。


「ライオンと一緒に生活や仕事を出来る人間は、そうそういません。

 そのライオンがどれだけ懐いていても、です」


 ああ、なるほどな。

 だから、どんなに気を使って接しても、反発してくる人間がいたのか。

 あれは恐怖にかられた一般人からの、常識のない先制攻撃だったんだな。


 俺の言葉に、そうだと首肯するサティア。

 目の前の、俺と真摯に話してくれる少女の姿。

 神々しさすら感じる。


 俺は元の世界の人間のことを、少し考えてみる。

 全て俺が正しいわけでもなかろうが。

 向こうが全部正しい、というわけでもなかったんだな。

 要は、人間関係を建設的に進めるか、感情的に破壊するか。

 それを自身側だけの利で考える、品位の差だったわけだ。

 そう思うと。

 まったくもって、俺は苦笑を禁じえなかった。


 聞くものが聞いたら、どういう高飛車かと言われそうな思考ではあるが。

 何か言いたいのならこっちの世界に来て、俺の目の前で言ってくれ。

 もちろん先だってひどい人生を送ってもらうし。

 こちらでは同じようにサバイバルをこなしてもらうがな。

 そう言ってやりたい。


 少し、溜飲が下がる俺。

 これだけで、異世界に転移させられた元は取れたような気がした。

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