第15話「本題」
マカロンをお試し頂く…との命令ではあるが。
この場の格調の高さには、合わせなければならない。
流石に包装の袋を封切って手づかみがおすすめ…とは言い出せず。
セラスにそれぞれの皿をお願いして、その上にマカロンを取り出した。
皿の上のマカロンに軽くナイフを入れ、中央を抜けて両断する。
円の形状を少しずらし、半円が軽く開いた感じにしたのは。
もちろん中身のクリームが、ほど良く見えるように盛り付けたわけだ。
ナイフ、フォークと共に、セラスとサティアにそっとサーブする。
彼女たちにひとつずつ差し上げた後は、残りのひとつを3つに等分。
そしてそれらを、それぞれシアリーズ、ルナ、そして俺の皿に乗せた。
等分が、シアリーズのお好みだと聞いたからな。
お嬢様の方は問題ないとして。
ルナの顔色が芳しくなかったのはご愛敬だった。
お前だろ、お嬢様が等分をお好みどうのと言ったのは。
しかもこいつ、食べる直前に俺に視線を飛ばしやがった。
お前、これでトータル3個と1/3も食べてるだろ。
それでいて俺の分を睨むとは、どういうことなんだよ。
2つで十分ですよ、分かってくださいよ。
一方、セラスとサティアはというと。
準管理者というだけあって、毒見も必要ないのだろう。
すいと、マカロンを口に運んでいた。
そしてしばしの時が過ぎる。
「これが…日本国の…噂に聞いた…」
「おいしいよこれ! すごい! 僕これ好き!」
嬉しいことに、この感想であった。
セラスはほうと息をつき、陶然とした表情で。
そしてサティアは、完全に地が出ている。
有閑マダムに育ちのいい僕っ娘という表現が、一番合うか。
喜んでもらえた様子だ。
ちなみに。
一緒に紅茶をお試しくださいと薦めた俺の言葉に。
これまた4人が4人とも、素直にすいと流し込んで。
そして本当の味に時を忘れて頂けたのは、言うまでもない。
だから言ったのだ。
ここに紅茶があれば…とな。
「素晴らしい品でした」
「ごちそうさま!」
お礼を言うのも、言われるのも、それぞれ悪い気はしないものだ。
ここぞとばかりに。
にこにこと笑顔で、場の緊張を緩めてみる。
シアリーズの、大胆な一手だった。
相手の雰囲気から、一瞬にして理解したのだろう。
人間としての、地位や名誉。
貴族としての、脅しやすかし。
その様な、己の領域での戦力が通用する相手ではないことを。
だから最初から、手持ちで最強の交渉手段を使ったわけだ。
セラスの、それでも多少は放たれていた威圧感が、霧消している。
サティアの、地が出た言葉遣いが、平和の象徴のような気がする。
場の雰囲気が、きわめてよい状態だ。
柔よく剛を制す、か。
勉強になるな。
「さて、それでは本題に入らせて頂きましょう」
口調は変わらず、玉を転がすかのように滑らかで。
まずは、俺に向けた話が始まった。
貴方をここにお連れしたのは、私です。
セラスの言葉から始まったのは、夢物語のような奇妙な内容だった。
セラスとサティアは、見たままの親子であり、種はドラゴンだ。
セラスは、名乗りの通りに、この世界の準管理者である。
この世界の創造主が管理者を決め、その一族一家は世界の管理を代行する。
ここでは夫のガイルが管理者、妻のセラス自分が準管理者を務めている。
そして事は。
創造主からガイルに、娘サティアに関する命令が下ったところから始まる。
創造主からの命令とは。
「種」としての、サティアの身柄の提出であった。
この世界は、創造主が、世界そのものとそこに住まう者を作り出している。
最初は、暇ゆえの退屈しのぎだったものが。
近年、困った方向に変化したらしい。
創造主が作った世界で、無限ともいえる命の数が、勝手気ままに作り出される。
その中で、時おり発生する突然変異。
イレギュラーとして生まれてくる、進化の分岐器。
それらは「種」と呼ばれていて。
その「種」を、自らの進化の糧として取り込むこと。
それが、創造主の目的となったという。
いわば。
放っておかれた堀が、「種」の養殖場になる様に、方針変更されたわけだ。
もちろん、種なら何でもいいというわけではなく。
腐敗と発酵の例があるように。
自らに都合のいい種だけを取り込むらしい。
ちなみに。
残った生命が、繁殖しようが社会を営もうが創造主としてはどうでもよく。
ただ、全滅されても手間なので、管理者を置いて面倒を見させている。
そういう、世界の管理としては、かなりなげやりなものであるとのことだった。
今まで、この世界の創造主が、進化することはなかった。
必要があるから、進化するのであって。
必要が満たされている創造主においては、これ以上の進化は要しなかった。
だが、その運命の流れにも、やはり何らかの突然変異は起きて。
創造主は、他の世界の創造主に後れを取ることを、恐れるようになり。
少しでも先んじたいと思うあまり、自分の世界の物に手を付け始めたのだという。
だからといって自分の娘が、いわば釣り堀の魚のように扱われるのは。
管理者として、世界の誕生から尽力してきた我々にまで、その扱いかと。
創造主の要求に対し。
ガイルが、それを良しとしなかったのである。
その後のごたごたは、想像に難くない。
「諦めれば丸く収まる」という、周囲からの暗黙の意見を一蹴して。
単身、創造主に直訴に向かったというのだ。
それが、俺が転移された数日前の出来事で。
そして、ガイルはいまだ戻らず。
それどころか。
サティアが、種として創造主に取り込まれ始めて。
すでに、双翼を失ったのだと、セラスは語った。
闊達さが無いとは思っていたが、そういう理由だったか。
「ご事情はおおむね理解できますが、それと俺の異世界転移の件は」
「そこをつなげさせて頂きます。このままでは」
「このままでは?」
「この子が創造主様に取り込まれ、消滅するまで、あと3日です」
「!」
「その前にどうしても、この子の延命の手段を取りたくて」
「…俺は、そのために?」
「そうです、つまり」
セラスは、俺が心構えをする時間を、気遣ってくれたのだろう。
ほんの少し、言葉の間を開けて、そして。
「あなたの寿命を貰い受けたく思い、お越しいただきました」
顔色ひとつ変えず。
セラスは、ご招待の理由を語ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます