第14話「お茶の席」

「シアリーズ・リリアン・ヴァレンティンでございますわ。お見知りおきを」

「シアリーズ様の従者。ルナ・リーズ・ヴォン・マクダウェル と申します」


 シアリーズとルナが、それぞれの名を名乗っている。

 貴族名という事は分かるが、おや。

 シアリーズとルナの、ファーストネーム周りが似ているな。

 セラスとサティアが返礼するのを見ながら、俺はそう思った。


 シアリーズ、ルナ、とだけしか聞いていなかったからな。

 まあ、名前で地位を判別されるのを嫌ったのだろう。

 苗字を名乗っていない俺とて、似たようなものだし。

 ふたりが知らせてこないことまで、無理に知る必要もない。


 これで、全員の名乗りが終わり。

 皆それぞれ、席に着いた。

 クッション入りの、少々ゴシック風の椅子が。

 全員の身長に合わせて、座面の高さが調整されていて。

 あげく背もたれまで、各自にぴたりと合うようになっていた。

 もちろん、いつの間にやら、である。


 いつ、こんなことをやってのけたのか。

 芸の細かい奇術師か何かか、この親子は。

 そう思ったが、ルナもシアリーズも驚いた風が無い。


「さて、お茶を」


 そうセラスが言うと、ことりと音が立つ。

 目の前に、白地に金の縁取りの入ったカップとソーサーが出現した。

 シンプルなデザインは、元の世界で言うなら、ドイツ製のあの一品を思わせる。

 それらが、誰が用意してくれたわけでもないのに。

 マット上に置かれているティーポットと共に、目の前に揃っていた。


 ミルクはレモンは、ましてコーヒーはと問われることもなく。

 そして、俺たちからそう言う声が出ることもない。

 全員がストレート好みという事を、どのようにして知ったのだろう。

 

 そして、その辺に驚いている場合でもなかった。

 仕事の時間だ。

 俺は即座に立ち上がる。


 マットの上のティーポットを、出来る限り優雅な感じで取り上げてみて。

 すっと、ポットのふたを取り。

 添えられていたスプーンで中をひと混ぜする。

 つまり、いちばん最初にポットからの湯気を浴びてみせたのだ。


「ルナ。お嬢様にお茶を差し上げよう。手伝ってくれ」

「…うむ」


 俺の様子を見ていたルナが腰を上げて。

 そしてシアリーズは微動だにしない。

 動かない彼女のカップを、ソーサーごとルナが持ちあげる。

 ルナの視線だけが素早く動いた。

 そしてそのまま、俺に差し出してくる。


 俺は俺で、ルナのカップに紅茶を注いだ後、シアリーズのカップに続けて注ぐ。

 足りるかどうかと思ったが。

 ベストドロップは、シアリーズのカップに落ちた。

 なかなか気の利いた量を淹れてくるものだと、感心せざるを得ない。

 そして、シアリーズ用のカップに入った紅茶の湯気を、ルナが浴びた。


 ポット内の蒸気、カップの中、実際にカップに入った茶の蒸気。

 この時点で出来る限りの毒見を、そうとは見せずに淡々とこなす俺とルナ。

 俺はその場でのとっさの判断だが、ルナのチェックは手慣れている。

 かつ、彼女には今から、最大難易度の任務が待っていた。


「失礼だが、お嬢様の分は私が毒見をさせて頂く。構わないでしょうな」


 ルナがそう言い。


「どうぞ、おっしゃいます通りに」


 セラスが笑顔で返す。


 言っていることは、十分に丁々発止で。

 しかしお互いの声色、口調の美しさが、露ほどの剣呑さも感じさせない。

 まこともって上流階級の空気を醸し出して、己の責務を遂行するルナ。


 これが。

 ルナ・リーズ・ヴォン・マクダウェルの戦い方で。


 一方、シアリーズといえば、凛として不動。

 今この場でルナが毒に倒れようとも、揺らがずの姿勢を貫くと示している。

 この少女たちも、そういう世界では修羅場をかいくぐって来たのだろう。

 年季が違うのひと言だった。


 傭兵ではなく、自分の懐刀に毒を試させるということは。


 出来る限りの礼は尽くそう。

 しかし。

 何かあれば、鏖殺などでは済ませぬ。


 そう言っているわけだ。


 これが。

 シアリーズ・リリアン・ヴァレンティンの戦い方だった。


 ふたりとも先ほどまでの、のぼせた調子など、どこにもない。

 緊張の糸が張り詰める中。

 ルナは顔色ひとつ変えず。

 シアリーズは微動もせずときた。

 並のお偉いさんの娘じゃないな、このふたりの躾けられ方は。


 見事な主従を、俺はここに見ることになった。

 内心では冷や汗を流す俺とは、大きな違いを感じる。


 音もなく毒見は済まされて。

 シアリーズの眼前に、ソーサーに乗ったカップが、すうっとサーブされた。

 ルナの仕事だ。

 一挙手一投足が見事に流れる様を、俺は見つめることしか出来なかった。


「冷めます前に…」


 そっと、しかしはっきりと。

 サティアの声が、俺に届いた。

 ふっと、場の空気が和む。

 うまく振ってくれたなと思いながら、ええいままよと紅茶を頂いてみる。


「これは見事な…」


 基本はダージリンなのだろうが。

 濃い目の色あい、香りの立ち上がり、そして何と言っても含んだ時のまろやかさ。

 そして鼻腔への香りの抜け具合が、次のひと口を促してくる。

 あぶなく、自分の立場を忘れそうになるくらいの美味しさである。


「この世界でも、良い茶葉が採れるようになりました」


 セラスの言である。

 それに、シアリーズが言葉を返す。


「モヒューズ産ですのね。それも南セリアル、貴女のお名前の地方」

「ご名答。お見事です」

「さすが3の月の茶葉、色合いと香りの深みが、群を抜きますわね。

 今年は、特にわたくし好みの香りですわ」

「他の世界の管理者にも、評判の良い品なのですよ」


 シアリーズが、産地とその関係性、あげく収穫時期まで見抜いてみせる。

 セラスが、他の世界の管理者の評判などと、とんでもない台詞を返してくる。

 そしてルナはと見れば、お嬢様なら当たり前だという顔であった。


 セラスも、そしてシアリーズもルナも、話の内容に微笑んでみせている。

 こいつらの精神力はどうなってるんだ…。

 そう思って背筋に冷や汗が流れ続ける俺である。


 さて、シアリーズもルナも、それぞれのカップに口を付けて。


「美味しいですわ」

「やはり、素晴らしい…」


 掛け値なしの賛美である。


 特にルナにおいては、エルフゆえの感性があるのだろうか。

 毒見の時から、長細い耳が、うっすらと朱に染まっている。

 毒見の時に味は分かっていたのだろうが、まさか賛辞は送れまいしな。

 だが、体は正直だった様子だ。


 ここまで美味い紅茶を頂けたのだ。

 ふたりとも、少しは緊張もほぐれていればよいが。

 お嬢様と護衛の気苦労を少しながら察して、俺はそうごちた。


「さて、このようなお茶を頂いて、お礼を差し上げなければなりませんわ」


 ほう、世間話ではなく、物での導入ときたか。


「コーイチ、アレは用意できますわね」

「はい、お嬢様」


 少しは格調高く返事を出来ただろうか。

 そう思いながらシアリーズを見た俺。


「セラス様とサティア様に、お試し頂きなさい」

「承知いたしまし…た…」


 シアリーズが、少しいたずらっ気を出した笑顔。

 ルナが、えっアレ出しちゃうのあたし食べたいという惜しみ顔。


 お前ら、ほぐれすぎだろう…。


 目頭のツボが、きわめてよく効いてくれる気がした。

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