第13話「ご挨拶」

「そう構えなくても結構ですよ」

「そう…威圧してくれなくても…結構なんだがな」


 そう言って返すと、すっとすくみが和らいだ。

 加減されて、それを悔しいと思うどころかありがたいと感じたくらいだった。

 しかし、俺は必死に、続いてこみあげてくるため息をかみ殺した。

 ここは意地でも、そうしなければならなかった。


 心地のいい台詞を受け取っても。

 今の俺は、背後にいるシアリーズお嬢様の傭兵、雇われ労働者である。

 おいそれと、敵か味方かわからないものになびくわけにもいかない。

 査定に響く。


「まずはご挨拶と参りましょう」


 母親に見える…面倒だ、母親という事で認識しておこう。

 その、母親の方が、言葉を続ける。


「この世界の準管理者、ドラゴンの種に属します。セラスと申します」

「…サティアと申します」


 母親はセラス、娘はサティアと名乗った。

 母親はともかく、娘の方が今ひとつ元気が無いのは気のせいか。

 体調がどうのではなく、闊達さがない。


「紘一と申します」


 挨拶ときたか。

 その後どうなるにせよ、ここは丁寧にしておかなければならないな。

 俺の役割は、この場を切り抜けてシアリーズとルナを無事に帰還させることだ。

 少なくとも、意思疎通が出来そうな状態ではある。

 この流れに乗せて、口調も改めて。

 まずは会話をしてみよう。


「それでセラスさん、サティアさん」

「はい」

「…」


 サティアからの返答が無いのが気になる。

 このまま話を進めて、サティアを置いてけぼりにするのは得策ではない。

 そう思って、俺はサティアに微笑んでみた。


「え…」


 声まで挙げてセラスの背後に隠れるサティア。

 近所の小学生に俺にとっては慣れた、しかし厳しい反応である。

 まあやむを得んな、中身はむさいおっさんが、いきなり笑いかけてくるのでは。

 この反応からすれば、この子も俺の事情を知っていると見える。


 セラスが、見上げてくるサティアの頭を撫でて、なだめている。

 なんという母性にあふれた笑顔だろう。

 絵になる姿だ。

 油絵の一枚も仕上げられるような光景だった。


 俺が原因でなかったらだが。


 まあいい。

 切り替えていくぞ、俺。


「日本を異世界とおっしゃるあたり、いろいろとご存じの様ですが」

「ええ、存じておりますよ」

「その前にひとつだけ、お尋ねしたい」

「どうぞ」


 俺は、ぐっと丹田に力を込めて次のひとことに備えた。

 威圧感が緩んでも、だからといって味方である保証はないのだ。


「あなた方は、俺たちの敵ですか」


 返された言葉は、シンプルで、少し奇妙なものであった。


「いいえ。但し」

「但し?」

「ことによっては、あなたが、私たちを敵と認識するかもしれませんね」


 という。

 世間体という物がここにあれば、どう見たって俺が悪人の絵面だった。


 困った。

 これでは平和裏に話を進めるしかない。

 そもそも、どう考えても生殺与奪の権限は向こうにあるんだが。

 どうしてこの親子は、下手に出てくるのか。


「分かりました」

「立ったままというのもなんですから、場をしつらえますわ」

「ありがとうございます」

「お連れの方もどうぞこちらへ。大変心配してらっしゃるご様子ですから」


 見れば、ハブへの入り口が草原にぽつんと現れている。

 恐ろしいことに、その入り口のはるか向こうも、草原と森と山脈だった。

 確証はないが、その山脈は実在し、行こうと思えば到達できるのだろう。

 人知を超える能力というものを、俺はいま、目の前にしているのであった。


 その入り口には、暴れるシアリーズとそれを必死に押さえるルナがいた。

 思わず、目頭を押さえてため息をつく俺。

 感涙などではない。

 緊迫した場面なのだから自重してくれといいたかった。


 まあ、それもこの親子が敵対しないというから保てた無事ではあるのだが。

 俺が守り切れているわけではないのだから、偉そうには言えない。


 集合とのハンドサインを出すと。

 いまだ羽交い絞めにされていたシアリーズが、ルナの手を振りほどいて。

 一心不乱にこちらに駆け寄ってくる。

 後を追ってルナが近づいてくるが、そのルナにとは。

 やめてくれお嬢様、転んでけがでもされたらもう、ああもう。


「コーイチっ! 無事ですのっ?!」

「どうなっている、状況を説明しろ」


 シアリーズとルナ、それぞれの問いに答えているうちに。

 なんとはるか向こうから、四角いテーブルと椅子、パラソルとが飛んできた。

 結構な速度で飛んできて、俺たちの頭上を越えていくそれら。

 それからゆっくりと地面に着地する。

 その動きは。

 俺はふと、ゲームセンターでぬいぐるみを掴み上げるクレーンを思い出した。

 まったくもって、そっくりな動きだった。


 生命の危機すら、まだ続いているというのに、案外と余裕あるな俺。


 余裕か。

 余裕があるのか。

 それなら、うまくいくかもしれないな。


 セラスとサティアはすでに、テーブル横にいて。

 手のひらを上に、テーブルに差し出している。

 着席を促しているのだろう。


 その前に、雇い主に報告の義務がある。

 少し待ってくれとセラスに向けて呼びかけて。

 俺はシアリーズとルナに向きかえった。


 ・俺がここにいる理由を知る相手の様子である

 ・かなりの力を要する様子だが、今のところ敵ではない

 ・今後、俺の主観で、相手を敵性と判断する場合があると主張している

 ・俺がなぜ相手を敵性と判断してしまうのか、その理由はまだ不明

 ・今この場で、情報交換や交渉の意思がある様子である

 ・俺としては、この相手を基本的に敵に廻したくないと判断している

 

 俺は、上記の内容を簡潔に、シアリーズとルナに説明した。

 最初の、には意味が分からない風の顔をされたが。

 それも、今からの話の中で、冒頭に判明すると端折った。


「本当に、茶を飲むことになるとはな…」


 気を抜かぬ顔で、ルナがつぶやく。

 俺はその顔に、現状を絡めて返した。


「いずれにせよ、キャンプの必要もある。庇護に入って休息を取るのも手だ」

「相手の支配下で、キャンプに休息だと?」

「お嬢様は、今のが切れたら、もう体力の限界だぞ」

「うっ」

「何とか交渉する。それが終われば」

「事態は好転して休めるかもしれない、か」


 このやり取りを、シアリーズは腕組みして素直に聞いていた。

 ひとりの情報源にふたり以上の質問者がいては、現状の整理が難しくなる。

 ルナに聞かせるだけ聞かせて、自分は後ろで情報を分析。

 分からないところや情報不足の部分を、この後の席で補完する予定なのだろう。


「コーイチ」

「はっ」

「挨拶は、わたくしがします。

 話中、あなたに関する話題になれば、そのあたりは任せますわ。

 もしもお話がこじれたら、こちらに振りなさいな。何とかしますの。

 まあ、段取りはともかく」

「ともかく?」

「堂々となさい。あなた、わたくしの騎士なのですから」


 さあ、それだ。

 そもそも、こういう席で堂々とすることが出来ていれば。

 うだつの上がらない俺は存在していないのだ。

 その点から鑑みれば、最後のそれは、なかなかに厳しい命令である。


 果たしてここまでの道のりで、どんな度合いの査定を頂いたのか。

 騎士とやらの特進が、冗談か本気なのかはも分からずに。

 うだつが上がらないなら、引っ張り上げればいいのですわと言われている気分で。 しかし今更、違いますとは言えない状況である。

 

 前門の竜、後門の雇い主。

 

 身に余る出世は、するものじゃない。

 俺はつくづく、そう思った。

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