第12話「中央大広間」

 ハブまでの道のりは、1時間ほどだった。

 シアリーズが途中で、俺に負担を掛けたくないと主張したので。

 俺はシアリーズを背から降ろし、前衛ルナ、後衛は俺という配置に戻った。


 さすがに、俺にも疲労の様子が出てきたが。

 だからここで休むというわけにもいかない。

 本来ならとっくに、この洞窟の中でキャンプの予定だったのだが。

 眼前のこの問題を解決しなければ、休むことはおろか、命すら危ないのだ。


「そろそろ、ハブに到達する。私が偵察に出る。お嬢様とコーイチは…」

「いいえ、隊列はこのまま。このままで進みますのよ!」


 ルナが斥候を申し出ると、シアリーズがそれをとどめた。


「迂回も出来ないこの状況では、分散するのは得策ではありませんわ!!」

「はっ!!」

「真っ向正面! 正々堂々と!! お出まし差し上げようではありませんか!!!」

「ははぁっ!!!」


 上記、シアリーズの指示と、ルナの返答である。

 だが待って欲しい。

 何か、妙にテンションが高くないか、このお嬢様がたは。


 指示が頼もしいのは、士気向上の意味あいにおいては救われる。

 が、ほほを染めて元気いっぱいに叫んでと来られては、一抹の不安も出てくる。

 下手すると、全軍突撃とか言い出しかねない顔色だ。


 救いを求めてルナを見れば。

 こちらはこちらで、決戦とばかりに頬を紅潮させ、腕など振り回して準備運動だ。


 どうしたんだ、このふたり。


 何か悪いものでも食ったのかと、定番のセリフを口にして。

 それがそのまま、ブーメランで自分自身に突き刺さる。


 まさか、マカロンのチョコレートで、興奮状態に入ったのか。

 何も考えずに渡したし、このふたりも毒見の後で安心の様子だったが。

 異世界の食べ物だということは、説明していなかった。


 もちろん薬ではないから、作用副作用という言い方もおかしいが。

 よもや、一時的な能力向上…バフが発生しているわけではなかろうな。

 いかん、下手をすると取り返しがつかないことになりかねん。

 雇用主を危険にさらしたとあっては、今後に大きく差し障る。


 俺はちょうど横に並んでいたルナの脇腹を、肘でつつく。

 ちょっと頭を冷やせっての。

 そして、さりげなく言ってのける。


「ルナ、お嬢様を頼む」


 立場からは考えられない、俺からの指示。

 シアリーズの指示とは、正反対のものが。

 雇われる側から雇用主にと、まったく逆の順番で。

 しかも進言ではなく、命令として告げられているのだ。


「コーイチ?」

「俺が先行する。間合いを保て。緊急時には、お前の判断で離脱しろ」


 偵察ではなく、先行と言った。

 緊急時には、離脱しろとも言った。


 目が覚めたか。

 ルナが、はっとしたように俺を見て。

 意味を悟ったか。

 シアリーズが、ぐっと俺の方をにらんだ。


「お嬢様、こちらへ」

「なりません、なりませんわ! ここまで来て…皆で一緒ではないなんて!」


 皆で目的を達成したいのか。

 俺の下手な覚悟など、それこそ不平等といいたいのだろうか。

 ルナにもシアリーズにも、いろいろ意見はあるようだが。

 しかしこういう、微笑ましい感じにのぼせている相手には。

 もっとのぼせ上がるひと言をぶちこんで、静かにさせるのがちょうどいい。


「シアリーズお嬢様」

「は、はい?」


 あらたまっての声を掛けられて戸惑い、素に戻るお嬢様。

 俺は機を逃さず、シアリーズの前にひざまずいて。

 そして赤面する暇を自分自身に与えずに。

 お嬢様の眼前、堂々と言ってのけた。


「親愛なるお嬢様のためなれば、これこそが、騎士の務め。

 ほまれにございます。お許しを」


 まあ、騎士ではないのだが、この際は大目に見てもらおうか。

 言ったもの勝ちだ。


 くらっ。

 そんな音が聞こえたような気がした。

 ちろりと上目遣いで様子を見れば。

 よよと倒れ伏さんばかりとは言わずとも、少なからず。

 そして狙った通りに、シアリーズがあたふたと、動揺していた。

 いける効いてるよろめいてる。

 チャンスだ。


『お嬢様を抑えろ。急げ』

『わかった』


 ちらりと視線をルナに飛ばすと、さすがは一流武装メイド。

 あっさりとお嬢様を羽交い絞めにして、俺に道を開けてくれた。


 単なる荷物持ちと思っていれば、そんな甘ったるい台詞も言えるとは。

 ルナの顔にそう書いてあるような気がするのは、気のせいだろうか。


 自分で言っておきながら、顔から火が出そうだった。


「あいるびーばっく」

「「???」」


 毒をくらうなら皿までもだ。

 一度は口にしてみたかった台詞を、少女ふたりに告げて。

 俺は洞窟を、ひとり進んだ。


 とはいえ、そこの角を曲がれば、もう光がこちらに差し込んできていて。

 俺はすぐに、その空間へと到達した。

 中央大広間、ハブと呼ばれる空間である。


 洞窟の中なのだから、差し込む日光すらないはずなのに。

 まるでそこだけは、昼間の大平原としか言いようのない、広大な空間だった。


 十数歩ほど、広間に踏み込む。

 

 とんでもないことに。

 さんさんと照らす日差しといい。 

 ほど良く浮かんだ雲の向こうの青空といい。

 ざわざわと寄せては流れ去っていく風といい。

 まるで理想的な牧草地が存在していた。

 あろうことか、はるか向こうに森や山脈が見て取れる。

 かなたの遠景までの、見通しすら存在しているのである。


 これまた、どこぞオーストラリアの大牧場にでも転送されたか。

 そうごちると、


「さすがは異世界、日本国の方。お話が早くて助かります」

「!」


 今の今まで、気配もさせずに。

 しかし、今はこの場で、圧倒的な威圧感をもって。

 30歳くらいの女性と、そして12~13歳と思えるような少女が。

 草原の中、たたずんでいた。


 びょおおおおおおおおおおおおっと、ぬるい風が吹き抜けて。

 ざぁああああああああああああっと、草たちがなびく音。


 あまりにも平和な、その光景。

 しかし俺の本能は、この世界に来た時の。

 あの、何も持たない現実に呆然としたときの焦りを感じていた。


 目の前から声がして。

 そしてその方向を、最初から見つめていながら。

 出現の瞬間が、見えなかった。

 気が付いたら、そこにいたのだ。


 来るな下がれと、ルナに向けてハンドサインを送れたのは僥倖だった。


 この親子…。

 人間の認識速度を超えて、動けるのか。

 嫌な脂汗が、どっと背中を滴る。


 加えて、この威圧感。

 見かけ通りの姿のものではない。

 善ゆえの敬意や、悪ゆえの恐怖などというものではなく。

 高層ビルや、吊り橋から下を見た時の、委縮してしまうあの感覚。

 すくんでしまうという、あれだった。

  

 必死に、表情を繕う。

 笑顔など到底、用意できなかった。

 体は体で、まこともって正直なもので。

 ひざが折れ、腰が中腰となり、つま先が内側を向く。

 野球で、走者が盗塁を仕掛けるときの様なスタンスを取って。

 生き残るための努力を始めていた。


 勝てないのはわかる。

 正直、3合も合わせれば俺が死ぬだろう。

 シアリーズやルナを逃がす時間を、稼げるかどうか。

 いや。

 自分自身が逃げられるか。

 それすら、怪しい。


 巨大な生命反応。

 巨大というのが質量であれば、まだ皿の上から逃げられたかもしれないのに。


 目の前に現れたのは、そも力量からして、強大すぎる生命体であった。

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