第11話「最良の結果」
洞窟内の光源は、シアリーズ達が乗っていた馬車のランタンでまかなった。
ランタンというが、よくイメージするところの手持ちのものではなく。
ルナがどこからか小さいボールを取り出すと、それを宙に放ったのである。
放たれたボールは、宙に浮かぶと明るく輝き始めた。
周囲…そうだな半径10メートル程に渡って、光が及ぶようだ。
まるで太陽光の様だが、熱も、直視した時のまぶしさも著しく軽減されている。
これは、元の世界にも無い、便利なアイテムだと言わざるを得ない。
使い捨ての発光球で、設定すると自分が望む任意の位置に浮遊させられる。
驚くべきは、この発光球は持ち主の思念のままにコントロール可能なのだ。
元の世界で言えば、ドローンと室内灯が合体したようなものだろう。
もっとも、思念での動作制御が可能とは驚きだが。
夜間に馬車を走らせるとき、幾つか周囲に浮かばせ光源を確保するのだという。
馬車に積んであるものを持ってきたらしい。
さすがはその筋のメイド、抜け目がない。
まだ会話は可能かどうかを、手振りでルナに問う。
うかつに発言すると、ハブにいる巨大生命体に察知されるかもしれないからだ。
すると、ルナは渋い顔をしながら答えた。
「いずれにせよ、もう我々は察知されているだろう」
「最初のレーダーか」
「我々に興味が無いのなら、あれをやり過ごして無視するはずだ」
ルナのレーダー波を受けて。
それに察知されないという能力を使っておきながら。
改めて、向こうから積極的に察知させてくるということの意味。
隠ぺいも回避も効かぬ、お前たちの姿を見せてみろとのメッセージである。
「…くっ」
ほぞを噛むルナの姿からして、かなりの窮地と考えているのが分かる。
「わざわざご起床か、安眠妨害とか言い出さないだろうなぁ」
俺がそうとぼけると、とルナがしょぼんとした口調で
「すまない…」
と、唐突に謝ってきた。
こんな危険に巻き込んで…と、ルナは言葉を続ける。
「雇ってくれと言ったのは俺だ。これからのことだけを考えようぜ」
「…」
少し顔をうつむけて、それからシアリーズを見るルナ。
「改めて言うが、この先何かあったら」
「手当は色を付けてくれるよな」
「…現金な奴だ」
「なに、飯と寝床と風呂でいいさ」
俺がそう返事をすると。
「おまけにデザートもつけましょう。当家秘伝のひと皿がありますのよ」
背中から声。
シアリーズお嬢様だ。
「お目覚めになられましたかお嬢様、お体の具合は」
雰囲気を改め、メイドの顔になったルナが、シアリーズに問いかける。
「大丈夫ですのよルナ。それはそうと、どのくらい近づきましたの」
「エルフの洞窟に入りました。野盗どもからの追撃は認められませんが…」
「が?」
「まずいことに…ハブに大型の生命体がいます」
「ハブに居るというのなら、遭遇は避けられないのでしょうね」
「最悪の場合、我々が盾になってでも…」
ルナが表情を硬くして、最悪の事態の事前説明をする。
俺は、さてどうするかと横目でシアリーズを見て。
そうすると。
シアリーズがにっこりと笑って。
「最良の結果を期待しますの」
と、俺たちに告げた。
ほう。
俺たちならやれると、そう励ましてくれているのか。
なかなかに活きのいいお嬢様じゃないか。
「ちょっとばかり荒事になるかもしれないんだが、いいのかいお嬢様」
少しは活気が出てきた、この状況を盛り上げていきたい。
俺はあえて、軽い口調でシアリーズに話しかけてみる。
「おいコーイチ、言葉に気を付け…」
「非常事態ですの。許可します。それより今後どうするかを考えましょう」
歩きながらの作戦会議が始まった。
「状況にもよるが…意思疎通が可能なら、出来るだけ穏便に済ませたい」
「ただ、相手はすでに我々を察知している確率が高いと考えます」
俺とルナがそう現状を説明すると。
いまだ俺の背におぶさるシアリーズが、それに応えた。
「察知していて、仕掛けて来ないのでしょう? ずいぶんと平和的ですの」
続けてシアリーズが持論を展開する。
「私たちを敵と見なしたのなら、とっくに使い魔の一匹なり放っているはず。
現時点において敵対行動が示されないのですから、希望は十分にありますのよ」
あるでしょうと濁さないところが、よくわかっているお嬢様だった。
今この状況では、自分がこのパーティを指揮するのである。
あいまいな言動など、決してしてはならない。
保身を考えて予防線を張っていては、変な動揺を与えてしまうことになるのだ。
だから、言い切る。
統率力を示すのだ。
それが結果的に悲劇を生むのではないか…と責任論を唱えていても生き残れない。
ここはそういう世界なのである。
「そうだな」
「分かりました、行きましょう」
俺とルナが、気を取り直してそう言うと。
俺の肩に顎を乗せて、シアリーズが応えた。
「最良の結果にしてみせますわ。あなたたちの為にも、ね」
お嬢様にしておくにはもったいないほど、頼もしいお嬢様だった。
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