第10話「潜まぬもの」
差しあたって、危険は少ないという事で。
引き続き、俺はシアリーズを背負う。
少し休憩したとはいえ、まだまだ体力は回復していない。
お休みくださいとうながした所、お嬢様はすぐに寝付いてくれた。
俺たちは、歩みを続けている。
ルナが今日の目的地に設定したのは、昔からある洞窟とのことだった。
遠い昔に、森に詳しいエルフたちが発見したものだという。
洞口の中は分岐が多く、街のそばまで続いているルートすらあるとのこと。
隠密行動を余儀なくされる状況においては、なかなかの策だった。
地面を使ってのレーダー能力を持つルナがいれば、ルートも探りやすいだろう。
そうなれば、早く到達したい場所だ。
このまま森の中で、何らかの外敵に発見され、包囲されるのだけは避けたい。
洞窟にも野盗などが入り込んでくるのではないか、と問うと。
ルナが、ふっと笑った。
人間に利用させるには時期尚早という、エルフの長老の判断もあり。
幾重にも認識疎外の工作がなされて。
結果、エルフ専用の洞窟となっているのだという。
その洞窟を通ることができるのは、エルフとエルフに認められた者だけ。
つまりはそこに入れば、先の戦闘のような状況は避けられるということだった。
多少なりとも切った張ったの覚悟をしていた俺は、肩を撫でおろす。
その洞窟にたどり着ければ、中でケガでもしない限りはキャンプも設営出来て。
まったくもって無事に到着出来ることだろう。
ならば一刻も早く、洞窟に逃げ込むのが得策だ。
森の中をしばらく歩くと、その洞窟の入り口とやらにたどり着いたらしい。
隆起した、黄土色だの茶色だので少しばかりサイケデリックな断層の肌。
その土壁の肌に苔が張り付くだけの、何の変哲もない場所で。
ルナが、心底ほっとしたように息を吐いたからである。
短い呪文のようなものが唱えられて。
眼前の断層に音もなく、大きな穴が開いた。
ルナが、洞窟の入り口の封印を解除したのだ。
直径4メートルほどある洞窟の入り口を、俺たちはくぐった。
内部はいわゆる、自然の洞窟だ。
なかなかに広い。
足元にしつらえてあった、石板製の階段を少し下れば。
あっという間に天井まで10メートルの、本道に接続されたのである。
本道の雰囲気を見る。
古びた様子のくせに石くれも少なく、歩きやすい状態だ。
獣道程度ではあるが道が存在し、ストレスなく歩く事が出来る。
今は滅びた、古代の民の生息地だったと、ルナが説明してくれた。
ダンジョン化していなかったことが、いささか不思議であるとのことだった。
入ってさっそく、ルナがレーダーを使用した。
自分を中心として円形に索敵する場合と違い、町の方向に向けて指向性を付ける。
それであれば、索敵範囲は高まるとのこと。
俺の知る単位に合わせて、どのくらいの範囲になるのかを把握しておきたい。
ルナに尋ねると。
彼女の場合は指向性を付ければ、前方3km程の状況を感知可能と教えてくれた。
エルフというのは凄まじいものだ。
また街へ向かう道順については、レーダー波を放つと同時に分かるという。
洞窟の分岐点ごとに、この先がどこに行くかの情報が埋め込まれてあるらしい。
その情報をつなぎ合わせれば、それが道順になるということだ。
どれだけの時間や経費、技術等を費やしたのだろうか。
この洞窟に対する、執念すら感じる。
レーダーを使用した後、胸の前で手を組んで祈りをささげるルナ。
これほどの基盤を作り上げた遠い祖先に、感謝の意を表したのだろうか。
だから。
そのあとにびくりと震えた彼女の姿が、あまりにも異常だった。
「な、何だ…と…」
絶句するルナ。
「どうした」
「静かにしろ」
振り向く表情は…真っ青を通り越して白かった。
「巨大な生体反応がある…中央ハブ広間…街までの迂回路の無いポイントで、だ」
「…今、現れたのか」
「先ほどのレーダーでも、何も検知できなかった…。言う通り今、現れた感じだ」
「地上を行った方がいいんじゃないか?」
「地上は、やはり野盗や動物、魔物からの襲撃が考えられるからな…」
ルナは言葉を続ける。
「周囲を囲まれれば、相手が何であろうと危険だ。やはり洞窟を行く」
「自ら食卓に乗りに行く、と?」
「料理は隠れたり逃げたりできないから食べられるんだぞ」
「全力で逃げろってか」
「皿の上に乗ったつもりはないだろう?」
相手の隙を見て、通り抜けるなりなんなりするしかない、というわけか。
無茶苦茶だ。
しかし、状況を改めてみても、この洞窟以上に安全なルートはない。
このふたりを送り届けるなら、進むしかないのだ。
「敵意ある存在とは決まっていないが、安心はできないぞ」
「人間やエルフにとことん温和な存在…とかいう、都合のいい展開はないか?」
「相手が大きすぎてな。何にせよ、向こうの気分次第だ」
「言葉が通じることを願いたいものだ」
「話してどうする?」
「俺はまずいぞって」
「先ほどのマカロンとやらに比べればそうだろうがな」
「いっそのこと、茶にでも誘えばいいかもしれないな」
「否定はせん」
そして会話は途絶えた。
周りはそっと静かになって。
すうすうと、シアリーズの立てる寝息が聞こえるだけ。
「生きていた方が…お嬢様を連れて街へ戻る。いいな。」
ルナの声色が、わずかに震えていた。
それは彼女の決意であったのか。
それとも俺への願いであったのか。
しかし、そんな事はどうでもよくて。
洞窟の先を見つめるルナに、俺が返す言葉はひとつだった。
「了解」
そして俺たちは、洞窟の奥に歩を進めていった。
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