第7話「休憩と菓子 前」

 隊列はルナ、シアリーズ、そしてしんがりを俺が務めることとなった。

 行動制限のたまものだな。

 なにせ俺をしんがりにしておいても、背後を突かれる心配はないのだから。

 索敵はルナ、シアリーズが護衛対象で、俺が後衛…いざというときの足止め役だ。

 指示は出されていないが、このくらいはさすがに俺でも空気を読める。

 

 旧街道を離れ、森の中に入っているコースを取ったのはルナだ。

 シアリーズの脚には辛い様子だが、ハイキングをしているわけではない。

 まともに街道を歩いていれば、どうなるかという話だ。

 先ほどの野盗からの追撃や、その他の要因からの襲撃が考えられるわけで。

 リスクの高い街道から離れるのは、やむを得ないことだった。


 しばらくして、ルナが左手を上げる。

 二の腕を水平に、そして手のひらをこちらに向けて握り込む。

 音を消して止まれのサインだ。

 シアリーズと俺たちが止まると。

 今度は手のひらを開き、親指を手のひらに握り込んだ。

 しゃがめのサインだ。

 素人の俺が判別しやすいように、サインを二段階にして通知している。

 とことん場慣れしているな。

 どんな組織の手の者なんだよ。


 しゃがみこんだルナは、すぐに足元の草むらをかき分けた。

 覗いた地面に手を付いて、何かをつぶやき始める。

 すぐにその結果をシアリーズに伝えるあたり、索敵行動なのだろう。

 それから、俺たちはまた、徒歩移動を再開した。


 シアリーズは、少しリラックスした雰囲気だ。

 歩みが軽くなり、わずかながらも安心してきた様子がうかがえる。

 家に帰ってどうするか…というお楽しみでも考えているのだろうか。

 それもそうだろう。

 追手が来るかと思ったが、今のところは何も迫ってはいない。

 歩きながら、ルナがそう報告していたのだ。


 ルナは一族特有の、地面を使ったレーダーのような知覚を持つという。

 どういう技術かはこれもまたわからないが、しばらくは安心出来る様だ。

 その彼女から、追手が来ていないと聞いて。

 信用できる者からの情報に安堵するのは、当然の話である。


 しかし、森の中を歩くルナの足取りはうかない。

 今後の道のりにおける、色々な障害への対応を考えているのだろう。

 枝を払う様子も、背後から見れば少しばかり余裕のない風だ。

 焦りは見せないが、出来るだけ急ぎたいという雰囲気が感じられる。


 俺は俺で、状況を改めて分析していた。

 護衛も馬車も失い、残る戦力は少女がふたりと、傭兵となった男ひとり。

 戦闘はもちろん無理として、この場所から目的地までたどり着けるかどうか。

 正直、それすらも怪しい。

 障害に対して、なにかひとつ、有利なポジションを得たいと思った。


 2時間も歩いただろうか。

 シアリーズの息づかいが荒くなった。

 足元もおぼつかない様子で、草木に足を取られてはよろめくを繰り返している。


 森の中、木々をかき分けながらの移動だ。

 ルナが露を払っているとしても、全ての草木が切り払われたわけではない。

 体力に限界が来たのだろう。

 よく保った方だ。


「コーイチ」

「どうした」

「シアリーズ様が限界だが、少しでも距離を稼ぎたい。背負え」

「了解だが…俺に預けるなんていいのか?」

「私の両手が空いていないと、不測の事態に対応出来ない」

「なるほど」

「お前はポーターに徹せ」


 俺はリュックを胸側に回し、付けておいたカラビナを操作する。

 手提げ袋をカラビナに掛けて、両手をフリーにした。

 そうしておいて足を止めてかがむ。

 背中に、シアリーズがもたれかかる感触。

 思ったよりも疲労しているのだろう、そのまま体を預けてくる。


 だがこの体調では、シアリーズは俺の体にしがみついてはいられないだろう。

 リュックのポーチから予備のストラップを用意するように、ルナに説明した。

 そのストラップを使い、シアリーズの上半身を、俺の背中に括り付けるルナ。

 これで、シアリーズが手を離したとしても、俺の背中から落ちることはない。


 俺の両手がシアリーズを背負うためにふさがり、槍が持てなくなった。

 するとルナがすっと近寄って、俺の槍を受け持ってくれた。

 阿吽の呼吸だったな、今のは。

 そう思って礼を言うと、ルナが片手を挙げて応えてくれた。

 

 そのまま彼女は、槍の穂先をくるくると取り外し。

 取り外した槍の先端に差し込んで収納、留め金でロックした。

 残りの柄の部分を、真ん中からねじり外して分裂させ。

 俺のマイバッグの隙間に、それぞれを差し込んだ。


 雄ねじと雌ねじの技術はあるのだな。

 それでいて武器としての実用強度も保てるとは、なかなかどうしてあなどれない。

 それに、ルナの手慣れた分解手順も、かなりの速度と正確さだった。

 いざというときは、俺が自分でこの槍を組み上げるのだ。

 注意しておかねば、穂先で自傷しかねないからな。 

 いい勉強になった。


 ルナが道を作り、その後をシアリーズを背負った俺が続いて。

 そのまま、1時間ほど歩く。

 さすがに俺も疲労が来たが、しかしルナには疲れの気配すら見えない。


 どういうことだろう。

 相手は14歳くらいだろうが、それを言うなら俺は今15の頃の体だ。

 俺がシアリーズを背負っているというなら。

 ルナは枝を払って道を切り開き、後続が楽に進めるように努めている。

 体力に、そこまで差がつこうはずもないのだが。


「ここで、休憩にしよう」


 ルナが、休憩の指示を出した。


 苔むしてはいるが、切り株が散見されるひらけた場所。

 森の中でありながら、青空が見える。

 ずいぶん昔、周りの木々を伐採、製材し、産出していた場所であったのだろう。

 20メートル四方くらいある広場に、俺たちは辿り着いていた。


「いずれにせよ、距離的、体力的に今日のうちには街に辿り着けない」

「ここで野宿か?」

「いや、ここでは地の利がない。襲撃を避けられない。休憩だけだ」

「了解」


 いつの間にか背中で眠ってしまっていたシアリーズを、ルナに降ろしてもらう。

 ルナがシアリーズをどこに寝かせたものかと探していたので、少し待ってもらい。

 俺はリュックの底から、灰色のシートを取り出した。

 耐水、対候、対紫外線性能を持つ、高級レジャーシートだ。

 ソロキャンプ用に購入したものだった。

 何かと便利なので、常にリュックの底の隠しポケットに入れてある。


 この辺り、少し雨が降ったようだ。

 草むらには、少しばかりの湿りも散見された。

 雇用主を、濡れた草むらに寝かせるわけにもいかないからな。

 この程度の水分なら、まったく問題にしないシートだ。

 あのソロキャンプが企画倒れになったのが、ここで吉と出たのだな。

 塞翁が馬だ。


 早速、シートを敷くと。

 ルナが、ゆっくりとシアリーズを横たえさせる。

 そしてその傍に、俺とルナが腰を下ろして休憩をとることにした。


 ふとルナを見ると。

 地面にひかれたシートに手を這わせて、感嘆の声を漏らしていた。


「…油も塗らずに水気を防ぐとは…皮革でも無いし…」

「羽根布団ってわけにもいかないがな。何もないよりはましだろう」


 腰を下ろしてみれば、改めて疲れと空腹がやってくる。


「ルナ、何か食べ物を用意するが良いか」

「分かった。シアリーズ様を起こす。全員分用意しろ」

「シアリーズ様だけで消化すれば数倍はもつが、俺たちもいいのか」

「この方は、そういう不平等をいちばん嫌うのだ。少なくてもいい、等分しろ」


 ルナにカラビナの操作を教えながら、レジ袋をマイバッグから取り外す。

 封筒型の紙コップとスポーツドリンクのペットボトル。

 そしてこういう時にはこれだろうと。

 とっておきの菓子を取り出す。


「何だそれは」

「疲れた時には、菓子が特効薬だ」

「いや…しかし」

「うん?」

「その焦げ切った黒い塊は…菓子とかいう以前に…その、食べられるのか?」


 俺が開けた菓子の箱。

 その中から出てきた、黒い包み。

 菓子の個別包装が、黒地に一本のピンク色の斜線でデザインされているのだが。

 ルナと、そして起きてきたシアリーズの視線が、その包装に集中していた。

 ふたりとも、けげんな顔をしている。


 本当に今更だがと前置きして。


「個別で包装してある。細工も仕込みもない。この通り、俺が毒見をしよう」


 にこにこと微笑んで、俺は菓子の袋を手に取った。

 好物だからな。

 自腹でお毒見役だが、何はともあれ休憩で好物の菓子が食せるときて。

 これで微笑まない俺はいない。


 だがここまで言って、何か空気が違ってきた事に気が付いた。

 正確に言えば、俺が自分の分の菓子の包装を開けてから。

 そしてその菓子の香りが、周りに漂ってからだ。

 

 らんらんと輝く二対の瞳が、俺の手の菓子をねめつけていた。

 やんごとなき方と腕の立つ護衛じゃなかったのかよ、お前ら。

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