第6話「契約の儀式」

 顔を見れば血の気は白く、まだ本調子には遠そうな少女。

 シアリーズ様と、ルナから呼ばれる高貴な娘。

 その、華奢な体を立ち回らせるのは、その身にまとう品格であった。

 状況の理解の速さ。

 努めて落ち着いてみせる気丈さ。

 なるほど、メイドが慕うわけだ。


 俺も元の世界で何かを成していれば、こういう気品をまとえたのだろうか。

 そう思っていると、メイドがこの場での段取りを俺に告げた。


「略式だが、シアリーズ様による契約の儀式を行う。指示に従え」

「分かった、よろしく頼む」

「そこでひざまずけ。片足は立てておいて良い」


 ルナと名乗ったメイドが俺に指示を出し、俺は従った。

 口調からしても、だいぶ友好的になった様子が見える。

 味方になったわけだからな。

 とりあえず、ここで非業の死を迎える危険だけは去ったようだ。

 

 お嬢様が、ひと振りの剣を持って俺に近づいてくる。

 おっと、段取りに従わなければ。


「シアリーズの名において、汝コーイチをわが兵として雇用します」


 今後はシアリーズ様と呼ぶべきだろうお嬢様。

 そのお嬢様が、俺の肩口に剣を当てる。

 何かを唱えている様子だ。

 そのまま数秒。

 いきなり俺の肩口、剣が触れている場所で、ぱちっというはじける音が生じる。


「うぉ?」

「騒ぐな、儀式の場だぞ」


 見れば、シアリーズの体はうっすらと青いオーラに包まれている。

 それが剣を通じて、俺の体に伝わって来て。

 しばらくすれば、オーラは俺の身を包み込んだ。

 俺の側に、呼吸をはじめとする体調の変化はない。


 ルナが説明する。


「説明責任を果たそう。略式とはいえ、お前の行動制限を設定した」

「行動制限、か」


 なるほど。

 そんな能力を持つなら、俺を解き放つよりも取り込んだ方が安全な訳だな。

 まあ、多少の制限については仕方がないだろう。

 それで、少しでも信用してもらえるなら安いものだ。


 俺としても、生命線確保についての情報と、コネクションが手に入りそうだしな。

 忘れてはいけない。

 俺は生き延びるためのサバイバルを、いまだ続けているということを。

 そしてまだ、完全に助かったわけではないのだ。


「行動制限の付与は、我々の身の安全の、そして同士討ち回避のための手段となる」

「つまり?」

「まとめれば、契約中、お前は私たちに攻撃行動を行なえないということだ」


 シアリーズお嬢様と、そのメイド兼護衛であるルナ。

 この二人への攻撃を実行することができないとの説明を受ける。


 こちらは素人だからな。

 かえって、フレンドリーファイアを回避できる手段というのはありがたい。

 そう考えた方がいいだろう。

 味方に損害を与える兵ほど、役に立たないものはないからな。


?」

「意図しないものなら、当たらなくなる」


 逆に言うなら、意図したものは当たるってか。

 不平等条約と思わないでもないが、向こうからしてみれば当然の事だろう。

 雇用主だからな。

 とはいえ、身内から労災にさせられる場合があるのかよ。

 失礼も油断も出来ない。

 意図されないように気を付けなければな。


 どういう技術でこれらの設定が可能になるのか…とも思ったが。

 まあ、原理や理屈はこの際、どうでもいいだろう。

 何か事が発生しなければ、も発生せずに済むのだ。


 そしてそう思ったのは、ルナの側も同じであったらしい。

 それ以降、ルナは儀式の間、静寂をまとった。

 ここでこれ以上、説明の必要はないということだろう。

 シアリーズお嬢様の儀式中でもあるしな。


 その後、オーラは薄くなって消え去り。

 契約の儀式は、滞りなく済んでくれた。


 早速、ルナから指示が出た。

 その剣を受け取って、鞘に仕舞えという。

 手際のいいことに、儀式中にルナは剣帯を用意してくれていた様子だ。

 俺はルナに手ほどきを受けながら、剣帯を装着して。

 受け取った剣を鞘に仕舞えば、少しは格好が付いた。


 そうと決まれば。

 俺たちは、手早く準備を済ませていく。


 シアリーズが靴ひもを締めなおし、これからの徒歩移動に備える。

 ルナがひらりと馬車に飛び込み、しばらくして戻ってきた。

 そして俺は、シアリーズから指示を受け、軽鎧の遺体から認識票を回収した。


 また、ルナの追加指示が出て、彼女の確認の元で野盗の武器を鹵獲した。

 ルナは、鹵獲した武器を確認していく。

 ブービートラップが仕掛けられてないかどうかを、調べたのだという。

 彼女が危険なしと判断した武器のみを、俺たちは使用することになった。 

 

 槍は俺が持ち、ルナには弓と矢筒を渡す。

 弓矢は練習しないと中るものではないことから、俺は使用しない。

 槍ならば、俺の様な初心者にも使いやすいからな。

 使うことが無いのが一番なのだが。

 一方、ルナは矢を数本ほど試射して、弾道を確認していた。

 本当に、そつのないメイドである。


 出立の用意は整った。


「他にも聞かせたいことはあるが、時間がない。説明は後だ、ついて来い」

「了解」

「シア様には敬語だ。失礼のないようにしろ」

「今更だが、あなたにはどうすれば?」

「今更だな。緊急時ゆえこのままで構わんが、契約ありきで慎めよ。行くぞ」


 こうしてふたりの少女と俺は、町に向かっての移動を開始した。

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