第5話「採用面接」

「!」

「動けば殺す」


 背後からの声は、聞く限り女性のものだった。

 殺すとまで言われれば、動かないほうがよさそうだ。

 視線だけをあちらこちらに動かしてみると、視界に黒い布地がちらり。

 メイド服の方が目を覚ましたな。

 もっとも、メイドよりもこちらが本職のようだが。

 さて話が通じる相手だろうかね。


「もちろん動きはしないが…話を聞いてもらってもいいか?」

「いいだろう、せいぜい喋ってみろ」

「…お連れさんは大丈夫なのか?」

「見たところ気絶しているだけだ、問題ない」

「じゃあよかったじゃないか」

「そうはいかない」

「俺はただの通りすがりで、人畜無害だぞ?」

「…お前の身なりで…よりによってそれを言うか」

「?」


 俺の身なりとやらは、喉元に刃を突きつけられるほどに問題があるのか?


「あれを見るがいい」


 ぐいと頭をひねられて。

 顔を向けると、皮鎧のひとりの遺体が目に入った。


 いや、もう死体とかお腹いっぱいなんですけど。

 あと、頭のひねりの角度が極まる寸前なんですけど。


 という文句も、すっと喉の奥に引っ込んだ。


 問題があるのかと言えば、確かに問題ありだろう。

 なんという、悪い方への偶然か。

 俺のインナーシャツと、皮鎧連中が鎧の下に着ているアンダーシャツの色。

 それが、同じ色…黒色なのだ。


 右に左にと首をひねられ続け、皮鎧数人のアンダーシャツを見せられる。

 見事に同じ色が続いた。

 野盗がご丁寧にチームカラーですか。

 そりゃ疑われもするよなぁと、俺は心の中でひとりごちた。


 しかし現状はそれどころではない。


「追撃部隊の斥候だな。吐かねば殺す」


 とても、そんな恐ろしい言葉を口にする感のない、きれいな声。

 その、きれいな声が告げたのは。

 冷淡にも、俺の命のカウントダウンであった。


「…じゃ、無害であるという物証から見せようか」

「物証?」


 頭の角度を戻してくれないかな、首が折れそうなんだけどな。

 しかし下手に力を加えて、さっくりと首を刈られるわけにもいかない。

 ねじ曲がった喉から、やっとのことで声を絞り出す。


「…馬車の横に白い袋が1つ、背負い袋が1つある。俺の持ち物だ」

「それで?」

「…その中身を見れば、ちょっとは…違和感を感じるんじゃないか」

「そもそも、それがお前の持ち物だという証拠は?」

「…それは、荷物を見てからの…お楽しみだ…」


 声を絞り出して交渉する俺。

 お楽しみだと続けた直後に、ぐいと何らかの力がかかって。

 俺の手首と手首、足の裏と足の裏とが、がっちりと接着された。

 ご丁寧にも、両手は俺の背中に廻されている。

 視線を動かしてみると、両の手首と足の裏が、ぼうっと輝く光球に包み込まれている。

 何かの力で拘束されているらしい。


 両手足が同時に接着された感覚があった。

 つまり、この光球が自らの力で動いたのだろう。

 自律型の手枷、足枷とは、また闇を感じさせる道具だな。

 どんな力かは分からなかったが、まあその辺は置いておいてもいい。


 大切なことは。

 メイドが、まだ俺を斥候なのか、通りがかりの何かなのか判別しきれていないということだ。

 斥候と確定していたのなら、ナイフを喉にあてる以前に俺は殺されていただろう。

 話をしてからの拘束というのも、なかなかどうして段取りが甘いと思うし。  

 そして、物証の話に乗ってきたのは、俺にとっておいしい状態だ。


 無差別に殺すつもりは、ないということだ。

 今のところはな。

 今はな。

 だから、ここで何としても説得しなければならない。


 メイド服は、さっさと俺の前に袋を持ってくる。

 当人の目の前にいくつか並べて、尋問でも行おうというのだろう。

 そしてそれは。

 ひとつめの品物から、いきなりだった。


「何だこれは?」

「〇〇牛の肉だ。おいラップ破るなよ、グラムいくらだと思ってる」


 3連休初日、俺の晩飯は牛丼の予定だった。

 玉ねぎはたっぷりで、ししとうのてんぷらが付いて。

 卵は黄身をふたつ、追い卵としゃれこんで濃厚さを楽しみ。

 紅しょうがはピンク色の千切りの奴を、これでもかと乗せて。

 そこにお高めのビールをなみなみとで、


 くーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ


 と行くつもりだったんだよ。

 わかるかね、そこの武装メイドさんよ。

 そう問いたい気持ちだった。

 命の危険があるから問えないけどな。


「ギューというのは何だ」

「この場合、うしと言い直す必要があるが家畜だ。この場合は食用の家畜だな」

「ギューやウシーなどという家畜は、聞いたことがないぞ」

「はい違和感1ポイントな、記録しておけよ」

「むぅ…」


 およそ2~3分の間で。

 一問一答形式でメイドは、俺の持ち物について尋問を行った。

 言語は通じている反面、恐ろしいくらいに話の内容が噛み合わなかった。


 この世界にはありそうにもないものが、ぞろぞろと並んでいるはずなのだ。

 メイド側は、理解の範疇を超える品物に。

 俺の側は、間違えることの許されない説得の成否に。 

 場に漂う生殺与奪への、緊張。

 どうやってもかみ合わない会話への、焦り。

 お互い、よく取り乱さずに済んでいられるものだった。


 数点について説明を行った後、メイドはついときびすを返して、こう言った。


「取り合えず、お前の命は保留しておいてやる」


 そう言うと、返事も聞かずにすっと動くメイド。

 草の上に広がる俺の荷物などは、すべてそのままだ。

 むしろ俺の存在についても優先順位を下げた様子だ。

 無理もなかろう。

 もうひとりの女の子。

 お嬢様が、目を覚ましたのである。


 メイドがお嬢様に駆け寄る。


「シアリーズ様、シアリーズ様、聞こえますか」

「あ…ルナ…」

「大丈夫ですか、痛むところはございませんか」

「うん…た、ぶん…だいじょうぶですわよ」


 半身を起こしたお嬢様を、すぐに立たないようにと制して。

 お嬢様に、これ以上は喋らないようにとのジェスチャーだろうか。

 親指を立て、爪を自分の口を押えてみせている。

 元の世界の、指をあてるモーションとは少し違うな。 

 そしてすぐに、体のあちこちを触診し始めた。

 なんと、頸動脈に指をあてて心拍数まで計るとは。

 極めて入念なバイタルチェックだった。


 致命的なダメージはない様子だが、小さな体に衝撃は受けていた様子で。

 半身を起こしたお嬢様の肩が、くらくらと揺れた。

 すかさず、メイドがそれを支える。


「恐れながら、説明の時間がございません」

「え…あ…ええ」


 ほう。

 この位の歳なら、何がどうしたどうなったと取り乱してもいいはずだ。

 そもそもこんな修羅場なのだから、それを見て泣きだしてもおかしくはない。

 それなのに、この順応の速さ。

 年の割に、冷静でいられる娘なんだな。


「ここから急ぎ離れます。し…お館へ戻りましょう」

「わかりましたわ…でも」

「でも?」

「あの方は…どうしますの?」


 すっと、お嬢様の視線が俺の方に向けられる。

 追って、メイドの視線も俺の方を向いて。


「私たちを救出したと思われる者の様子。敵ではなさそうですが、不審な点が多すぎます」

「…そうですの、それなら…」


 冷静なメイドで、利発なお嬢様だ。

 もう、分かっているのだろう。

 自分たちが今ここで生きていることが、どれだけの血を流したうえでの事かを。

 襲撃を受け、馬車と護衛を失い、そして自分たちは人事不省だった。

 ひとりでも賊が生きていれば、今頃はふたりとも只では済んでいない筈である。


 そして、ふたりは生き延びている。

 これだけの犠牲を払ったという事実の前に、取り乱す様子ひとつ見せない。

 それはそれは、凛とした視線だった。

 絶対に目的を達するという、強烈な意思を感じる。


 だが。

 俺にとっては、お嬢様とメイドが俺をどうするかの方が問題だった。

 凛とした視線に、殺気がこもって無ければいいのだが。

 それなら…ってどういう意味なのだろうか。


 どうなる、俺。


 短い時間の後、メイドが俺の方に歩を進めてくる。

 ナイフは…腰に付けてある鞘に収めてある様子。

 わざわざ抜きなおして刺してくれるなよ?

 俺はさっきも言った通り、人畜無害だぜ?


「ここで別れるか、お嬢様に雇われて兵となるかだ。時間がない。今決めろ」

「分かった、雇ってくれ」

「裏切れば殺す」

「助けておいてから裏切るってのも、いささか手間だと思わないか?」

「…ふん」


 口を慎めとナイフがのど元に飛んでこないのも、俺を恩人と思ってではなかろう。

 俺を殺している時間が惜しい。

 そんな目をしている。


 別れる方を選んで、もしも同じ方向に進もうなどとしていたら。

 まあ、ただでは済まなかっただろうな。

 別れた後の、相互不可侵条約なんて結んでないからな。

 俺にそのつもりはないから、考えたくはないが。

 お互い、目当てに襲われていても、おかしくはない状態だ。

 

 その側面から考えると、格段の温情であると思った方がいいだろう。


「私の名はルナ、だ。お前の名前を聞こう」

紘一こういち、だ」

「ではコーイチ、お嬢様に手短に挨拶だ。その後すぐに移動するぞ」

 名前の呼び方が、少したどたどしいのはお約束だな。

 もしかすると、この辺りには珍しい名前なのかもしれない。


 両手両足を束縛していた光球が消え去った。

 俺はメイドから促されるままに、お嬢様の前に移動して。

 自分の名を名乗り、そしてお嬢様の名前を知ることとなった。


「紘一と申します。宜しくお願い致します」


 兵としての雇用の挨拶にしては、何か違う様な気がした。

 が、選手宣誓でもないし。

 ましてや下手な名乗りで、不敬罪などと逆上されても困る。


 そしてお嬢様は、その辺は別段気にしていない様子だった。


「シアリーズと言いますわ。奮闘を期待しますの」


 俺の採用が決定された瞬間だった。

 異世界の採用面接は、緊迫感が有りすぎる。

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