第79話 想定外の――だろう。

 5月になった。


 明日から大型連休。


 ゴールデンウィークが始まる。


 私は、あの事件現場となった公園のベンチに座り。


 献花台けんかだい撤去てっきょされていく様子を。


 ぼんやりとながめていた。


「おう! 咲嬢さきじょうも来てたか!」

「赤城警部……ええ。何となく」


 または。事件が終わった事を確認しようと。


 区切りをつける為に。


 この場に居るのかもしれない。


「……あれから御門みかどは?」

「……高熱に衰弱すいじゃく状態。一時的に危険な状態もあったが。大丈夫だとよ」


 私の身代みがわりに。


 御門みかどの入院生活が続くとなると。


 それなりに罪悪感ざいあくかんを感じている。


 しかしながら。


 お見舞いにも。謝罪にも。


 彼の所に。足が向かなかったのだ。


「奴の世話はポニテのねえちゃんがやってるが。……災難さいなんだな」


 玉村たまむらさんは。


 ちゃんと御門みかどの言いつけを守っているのね。


 私は……性格が不細工ぶさいくらしいから。


 自嘲じちょうしてしまうぐらい。


 まだ、事件の精神的疲労が残っているらしい。


祀理まつりちゃんも何だかんだで。看病かんびょうに戻って来たぜ?」

「……誰よりも優しいから。祀理まつりさんは」


 実に、彼女らしいと思う。


 ただ、あの御門みかどかかわり続けられる精神力。


 そこだけが。


 理解不能なのだ。


 きっと二人しか知らない関係性が。起因きいんしてると思うけど。


「そう言えば。浅間あさま うららが意識を回復した話は――」

「母親のゆきさんから。連絡れんらくをもらったわ」


 こちらは私がDVの弁護を引き受けた関係で。


 昨夜さくや、泣きながら電話して来た時は。


 吉報きっぽう訃報ふほうか。


 緊張してしまった。


「……うわさだけどよお。意識を復活させるのに、御門坊みかどぼうが関わってるって話だが」

「……勘弁かんべんしてよ。偶然ぐうぜんでしょ? ゆきさんにまとわりついていたから。誰かが誤解したのね。きっと」


 ただの引きこもりでニート。


 超能力者でも霊能力者でも無いのだ。


「まあな。あの病室での出来事も。御門みかどからネタバレがあったぜ?」

「ほら! やっぱり仕掛しかけがあったのね!」


 これよがしに指摘してきしてしまった。


 その様子を見て。警部がニヤッと笑った。


咲嬢さきじょう御門みかどが相手だと。きとしてやがるな」

「はいはい。種明たねあかしをどうぞ」


 否定も肯定こうていもしないのが得策とくさくね。


 警部には悪いけど。聞き流しましょう。


「この公園で御門みかどが遺体を発見した時に。遺留品いりゅうひんを目にしたらしい。それが、家族について書かれた……作文との事だ」

「……そう。心愛ここあさんの家族に対するおもいは。デタラメじゃなかったのね」


 学校での宿題であろうか?


 それが、遺書いしょの役割となるとは。


 悲しいわね。


 いえ、父親を狂気きょうきから救い出したと思えば。


 少しはむくわれるのだろうか?


「例の父親は……こってり、しごいてやったからな! がははは!」

「……和解も謝罪もんでいるし。示談じだんとして認識してるわよ。私はね!」


 玉村たまむらさんの命を狙った事実。


 実際に犯罪行為を目撃した事も。


 決して、見逃した訳では無いのだ……誰かさん達と一緒にされては困る。


「そもそも、どうして逮捕たいほ――」

「あちら側に行ってねーから? 引き返すには最善な手段? 御門坊みかどぼうの言葉は難解なんかいだな」


 更生こうせい余地よちが見込めるって事かしら?


 逮捕しない方が。


 反省としての効果が大きいと?


 確かに、捕まっても再犯さいはんする人間も居る。


 一律に逮捕すれば。


 全員が反省するとは。限らないわね。


 ……今回は、例外中の例外って事でしょ! 法治国家なのだから!


「だが……最大の疑問ぎもんが残っているぜ」


 急に仕事モードの警部になった。


 私が座るベンチに。ようやく腰を下ろした。


 まるで。


 こちらが本題と言わんばかりに。


咲嬢さきじょう、あいつは――犯人をしたと思うか?」

「……え?」


 始末しまつって。


 意図的に犯人を殺したって事?


 御門みかどが?


「な、ないない! か、考え過ぎよ! 現に入院中で、死にぞこないでしょ!?」


 取り乱して。ひどい表現をしてしまう。


「変だと思わねーか? 咲嬢さきじょうを助けるなら。俺に連絡するだけで良いだろ?」

「そ、それだけ時間の余裕が無かったのよ!」


 私の居場所を常にチェックして。


 明らかに人気ひとけのない場所に向かってるのを確認。


 そして、追跡ついせきするのだから。


「そもそもだ。犯人と対峙たいじするって事は。襲われる可能性大だぜ?

御門みかどしねーなんて。変だろ?」

「誰にだってがあるのよ! 御門みかどにだって!」


 私は。心のどこかで。


 その可能性に。


 気づいていたのだ。


「……どちらにせよ。足をすべらせての事故死か。はたまた、正当防衛せいとうぼうえいの結果か。無論むろん、あの犯人の自業自得じごうじとくなのは当然だけどよ」


 犯人が死亡してしまった以上。


 死人に口なし。


 例え、御門みかどの計画通りだとしても。


 罪にはえない。


 客観的に正当防衛も成立するだろう。


「……参考までに聞くけど。だとしたら、御門みかど動機どうきは?

まさか、殺人鬼を自分の手で殺したいの?」

「おいおい!? 咲嬢さきじょう!? 本気で言ってやがるのか!?」


 今度は警部が。


 っとんきょうな声を上げた。


御門坊みかどぼうこのましい奴じゃねーと思うのは理解するが。そりゃあ、あんまりだぜ?」


 非難ひなんのまなざしである。


 おかしいわね? 私と御門みかど比較ひかくしたら。


 あきらかに悪者扱いを受けるのは。彼の方なのに。


「……あのまま逮捕されていたら。社会に戻って来る可能性もある事は——」

「……ええ。もちろん。死刑も争点になるでしょうけど。実際、判決が確定するまでは何とも言えないわ」


 犯人の生育環境。被害者の人数。犯行の残虐性ざんぎゃくせい等。


 死刑判決を出すにも。


 様々な事を考慮こうりょするのだ。


 今回の犯人にらし合わせると。


 確実に死刑になるか。


 きわどいと思う。


「となるとだ。また再犯の可能性が高いよなあ?……そう言う事だな」

「……未然みぜんに。潜在的せんざいてきな被害者を救う為に?」


 もし、再犯となれば。今回の事件より。


 もっと凶悪で。被害者の数も増えるかもしれない。


 そうなれば。


 災厄さいやくで。


 最悪だろう。


「もっと簡単に言えば。咲嬢さきじょうの為だな」

「私?」


 意味不明だ。御門みかどとは良好な関係でも無いし。


 それに、そんな理由で犯人を殺したりはしないだろう。


「犯人に真っ先に狙われるのは咲嬢さきじょうだぜ? いつも悪態あくたいをついているが。ゆがんだ愛って奴だな!」


 うんうんと。勝手にうなずいている。


 私を守る為に?


 結果としては——そう言えるかもしれない。


 犯人がいつ出所しゅっしょするか。


 おびえずに生活を送れるのも。


 全部。御門みかどの行動の結果なのだから。


「さてと。そろそろ仕事に戻るか。さつきに文句を言われるからな」

「そう。じゃあ、また」


 簡単に別れのあいさつをわして。


 警部は公園から立ち去って行く。


「……はあ。全然、事件に区切りがつかないわね」


 ああ。なるほど。


 こう言う状態を。


 人は『のろわれた』と表現するのだ。


「……事件にのろわれたのかしら。あの化物に? それとも、御門みかど?」


 もし、赤城警部の推察すいさつが真実だとしたら。


 とりとめもなく。


 意味も無く。思案しあんする。


 私。多華たか 咲にとって。


 御門みかど はらえの存在は。


 間違い無く。


 想定外の――だろう。



                 想定外の化物  了


 


 

 


 


 


 



 


 


 

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