第64話 ちょっと、様子を見ながら。追跡しちゃうぞ!

「お大事になさってください」

「……はい、どうも」


 病院での費用を支払う。


 まさか、あたしも患者として診察を受けるとは。


 いや、これは潜入取材だ! 


 スクープを求めて転倒。


 疲労困憊ひろうこんぱいで検査入院した訳では!


 ふえーん。スマホは破損はそんしちゃったし。


 昨晩から病院のお世話になってるし。


 詳しい検査は、朝からだったけど。気づけば、お昼前。


 やっぱり、病院だと時間の経過が早い。待ち時間もあるし。点滴もしてたからさ。


 そもそも、病院の雰囲気も苦手。


 こう、無機質で真っ白な空間。消毒剤みたいな? 特有の匂いも。


 それに、病院に居る人々は。何らかの病気で診察に来ている訳で。


 そう考えると、気分が重くなるよ。


 楽しい場所では無いし。


「日頃の健康が貴重だと思っちゃうよね。あー駄目だ! 気分転換しないと!」


 連日の取材活動で疲れているんだ! リフレッシュが必要!


 でも、ここは病院。ひと息つく場所なんて――


「いらっしゃいませー」


 病院内を彷徨ほうこうしていると。


 馴染なじみのある、決まり文句もんくを耳にした。


 なるほど。コンビニが設置されている病院か。


 砂漠さばくにオアシスとはこの事だろう。ためらうことなく入店だ!




 おかしい。休憩きゅうけいをする為に立ち寄ったはずなのに。


 雑誌コーナーで週刊誌を読みあさっている。これも一種の情報収集だろう。


 こうして時間があるのだから。他社の動向を探るのも無駄では無いだろうし。


 だから!? 仕事の事は!? しばらく忘れよう!? 支離滅裂しりめつれつ!?


「『話題の姫署長の月夜野つきよの一族とは?』相変わらず大衆迎合してさ! もっちりしている一族だよ! お疲れちゃんですわー! とか口走ってるヤバイ血統!」


 事件について書かれてる記事は、あたしが書いた記事ぐらいだ。


 絶対、あの姫署長の圧力だ! 許すまじ! 隠ぺい体質!


「ふう。血圧が上がる! でも、情報が不足しているのも事実」


 あたしだって、みか君が居なかったら。


 書こうにも、書けなかっただろうし。


 この場合は、情報源か。


 重要な情報は警察関係者、遺族ぐらいだろう。


 しかし、この両者。


 今回の事件において、連携れんけいが取られているとの事だ。


 いたいけな子供が刺殺された、事件の特殊性。


 それが、影響している為なのか。


 ともあれ、両者は口が重いのだ。記者も、お手上げ状態。


 だから、あたしは幸運。


 みか君にたどり着いたのは。


 この病院にまだ居るかな? 彼か女神様。スマホが壊れる前に連絡したけど。


 ふと雑誌から目を上げる。きょろきょろと周囲を確認する。


 こんな事で見つけられる訳――


「およ? あの女性、どこかで見た事が?」


 今、レジで会計をしている。後ろ姿からでも、姿勢の良さが分かるぞ。


 誰だっけなあ? スポーツ選手だったかな? ちょっと前の。


 ああ! 体操選手のビューティフル賞を受賞した、ユッキーだ!


 当時、世間を魅了していた存在。


 現在も綺麗な人だな。体形も変わってない。


 今は指導者だったかな? 結婚したけど、離婚したらしい。


 理由は、公表されていないけど。


 スポーツライターじゃないけど。


 どうしよう? インタビューしちゃう?


 暇だし。ちょっと、様子を見ながら。追跡しちゃうぞ!




 一体、あたしは何をやっているんだ? 興味本位で元体操選手のユッキーを追っかけている。


 もちろん、察知さっちされずに。


 不審者として通報されるのは、勘弁かんべんだから。


 院内にあるコンビニから退出。これから、誰かのお見舞いだろうか?


 指導している生徒とか? まあ、本人に聞けば分かる事。


 フレンドリーな一般人を演じて。


 それから、ファンだと伝える事も忘れずに。


 頭の中でイメージトレーニングをしている最中に。


 彼女に話しかけている男性が。


 年齢は、30代後半だろうか? 上下、ジャージを着ている。体操の監督? 同僚?


 ユッキーの表情がこわばっている。


 伏し目がちだし。不穏ふおんだ。


 この様子だと、あたしが割って入る機会は無いだろう。深刻な話題そうだもん。


「やっほー! ユッキー! むぎゅーしてください!」


 軽薄なファンの登場!? って、みか君じゃん!? 何してんのおおお!?


 本当に抱き着いたよ!? あんた勇者かよ!?


 あれ? みか君がユッキーの耳元で何かを? 気のせいかな?


 面を食らった監督みたいな男性が。迷惑なファンもどきを引きはがしにかかる。


 だが、みか君も素早く動き回り。とらえる事が出来なかった。


 これ以上、挑発しなくても!? ユッキーにまたイチャイチャしてるし!?


 お? やっと、おふざけが終わった? 会話している。


 さっきのみか君の声は大きかったから。


 ただ、普通の声量だと聞こえないな。


 うん? 今度は、ジャージ男性の表情が。


 ふ、憤怒ふんぬの表情だよ!? 目が血走ってる!?


 やばいなこれ。みか君の身の安全が――


 訂正。すでに、遅かった。


 みか君の顔面をこぶしが命中して。


 地面に倒れる瞬間を目撃してしまったのだから。


 


 


 


 


 


 






 

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