第57話 咲嬢がご乱心だと?

「で? 被害者の身元は?」

榛名はるな中学校の女子生徒ですね。現在、詳細を確認中です」


 咲嬢さきじょうを規制線の外に放置してから。


 徒歩五分程度。


 事件現場に居る鑑識から報告を受ける。


 林道には、無造作むぞうさに放置された自転車が確認出来た。


「この自転車は? こんな所に、駐輪ちゅうりんしてあるが?」

「被害にあった女子生徒の通学用だと思われます」


 妙だな。犯人が襲ったなら。


 自転車は倒されていたりするもんだが。


 道の端に整然と。


 邪魔にならない様に立てかけられている。


「通学って、こんな山奥までか? 自転車競技じゃあるまいし」

「町からは、通勤バスが出ているんですよ。途中のドライブインまで。そこから、自転車または徒歩で通学するらしいです」


 そうか。ここら辺は、観光地やら別荘地。


 道の途中にあった。


 ドライブインが一種の交通拠点になってるのか。


「被害者の状態は? これまでの事件と同じか?」

「それが、おかしいんですよ。被害者には、スタンガンが使われた形跡がありまして。気絶させてから、心臓を鋭利な刃物ので一突き。しかし、これも手元が狂ったのかわずかに外れた様で。何と言うか、雑ですね」


 焦って狙いをはずしたのか? 


 それが要因で、被害者は一命を取りめたのか。


 無論、さつきがパトロール中に発見した事も言うまでも無いが。


 もしや、犯行途中にパトカーが来るのを察知したのか? 


 犯人にとってのが起こったのか?


『想定外の行動は、想定外の結果を引き寄せる。良くも悪くもね』


 御門坊みかどぼうの意味ありげな言葉が。頭の中に響く。


 そもそも、さつきがこの地域にパトロールするきっかけは――御門みかどの考察を参考にした俺の判断で。


 言うなれば、普段なら正攻法で捜査を進めたはず。


 俺にとっては、の判断をした訳だ。


 そんで、被害者は死者にならずに助けられた。良い方向に考えればな。


 だが、悪く考えれば。


 さつきが犯人に遭遇しちまって、被害者になる場合もあった。


 クソが。さつき一人にまかせるべきじゃなかったぜ。


 自分自身をぶん殴りたい。


「被害者の下着は? 持ち去られたのかよ?」

「いえ、その様な事は無いらしいです。随分ずいぶんと手口が違いますね」


 模倣犯もほうはんの可能性もあるが。


 もし、犯人が同一人物だとしたら。


 やはり、人の気配を察知して。


 しどろもどろになったのだろうか?


「……こんな所じゃ、目撃情報も期待できねーか」

「……女子生徒の意識が戻れば良いのですが」


 さつきが市民病院に運び込んだ結果。


 奇跡的に一命を取りめたが。


 意識は回復していないまま。


 いつ目覚めるか分かんねーらしい。


「引き続き鑑識作業を頼む。俺は、さつきにも詳しく状況を――」

「赤城警部! 姫署長が!」


 慌ただしい様子で話しかけてくるのは。


 咲嬢さきじょうのお目付け役に任命した警官か。


 それも、新人の野郎だ。


「ったく、お前がうろついてどうすんだよ!……さつきがどうした? まさか、容体ようだいが悪化したのか!」

「もっちりです! 姫署長の体は!」


 こいつ、ふざけてんのか? 


 もっちり? ばっちりの間違いなのか?


 確かに、さつきは健康的なスタイルをしてると思うがよ。


 御門坊みかどぼうだったら『ふともも、もっちーですわ!』とか言うだろうが。


「あのですね、多華たか弁護士がスマホでテレビ中継を視聴して。病院関係者のインタビューで、さつき署長がもっちりしていて無事らしいです!」


 眉間みけんに手を当てて。


 話の内容をまとまめる。


 病院関係者が、さつきの事をもっちり?


 そんな馬鹿野郎が居るのか――


「……とにかく、さつきは無事なんだな?」

「はい、もっちりはだ恩恵おんけいだと思われます!」


 とにかく、さつきの無事が分かれば安心だぜ。


 ただ、あいつが大人しく療養してるかどうか心配だ。


「それから、多華たか弁護士が。そ、その、鬼と言いますか、般若はんにゃ形相ぎょうそうで!?」

「なに? 咲嬢さきじょうがご乱心らんしんだと?」


 訳が分かんねー。


 あれ程、冷静沈着れいせいちんちゃくで物分かりが良かったのに。


 咲嬢さきじょうをそんな状態にする奴は――


「もっちり病院関係者? 御門坊みかどぼうの奴か! インタビューなんかしてんじゃねー!」


 


 


 

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