第39話。兄様

 



 週末。待ちに待った兄様と会う日。

 待ち合わせ場所である都民街の公園で1人待っていると、黒髪に深紅の瞳を持つ11歳の男の子……ユーノシス兄様がやって来た。


「ユー兄様、お久し――――」


「エミル! 元気にしていたかっ? 手紙で冒険者をしていると聞いて心配したのだぞ。怪我はないようだが、いじめられたりしていないか!?」


 顔を合わせた途端、兄様が駆け出して抱き着かれてしまった。


「兄様、落ち着いてください……」


「すまなかった。何せ久しぶりだからエミル養分が足りなくてね」


 俺の5歳の誕生日で会った時、兄様は9歳で普通の神魔国の学園に通っていた。しかし、その学園で見た人間に興味を持って人間国へ留学してしまって以来、会っていなかった。俺達家族のことが大好きで、特に俺には物凄く愛が強い。


「今日は少ししか一緒に居られないけど、オススメの料理店があるんだ。昼には早いが、どうだい?」


「行きたいです! 兄様のおすすめなら間違いないですね」


 兄様と手を繋いで歩く。目的地はわからないが、その道中の話は尽きない。


「エミル、冒険者を少しやってみてどうだった?」


「そうですね……。城には剣技師匠のアッシュ以外に癖のある人はいなかったのですが、ギルドには結構沢山いました。あのゴブリンキングの討伐作戦にも参加したり――――」


「ゴブリンキング!? 羨ましい……そんなものと戦えるなら私も冒険者をやってみようか」


 まぁ、そうなるよね。魔族の中でも特に高い戦闘能力を有するヴァンパイアの純血。当然、俺よりも戦闘本能が強い。


「兄様が居たら、犠牲が出なかったかもしれないですね。俺じゃダメでした……」


「どういうことだい?」


 俺は討伐作戦であったこと全てを、兄様に話した。話し終えた時、兄様は優しく俺の頭を撫でて言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「エミル。お前のせいじゃないと言われた。と言ったな? 確かにお前のせいじゃないかもしれない。だが、私たちはそうであってはいけないんだよ」


 そこで一度言葉を切り、続けた。


「戦争が起きたら、自国を生かす為に他国を殺すかもしれない。兵に死ねと命じねばならないかもしれない。私達の言葉一つ、行動一つで……民の、国の命運が決まるのだ。だから私達は……王の一族は、常に先を見て最善の選択をしなくてはならない」


 そう言った兄様の表情は真剣で、真っ直ぐに俺の目を射抜いていたが、直ぐにそれを緩めた。


「ここからは父様の受け売りなのだけど……。どんなに優れた王でも間違えることはある。何かで心が揺れて、最悪を招くこともある。己一人で出来ることは少ない。良き友を持ち、力を借りよ。自らを、信じよ」


 友に力を借り、自らを信じる。父様の言葉を発する兄様は、どこか父様に雰囲気が似ていた。きっと兄様はもうその言葉をしっかりと受け止めて、自らのものにしているんだろう。


「これを聞いた時はエミルよりもっと幼かったから、自分だけが強ければ皆を守れると思っていたのだけどね。色んな人と出会ってだんだん考えが変わったんだよ。エミルは友達できたかい?」


「沢山じゃないですが、出来ました。皆と居ると楽しいです」


「それでいい。大切にするんだよ。……さて着いた。ここはカインに来てすぐに、散歩がてら見つけたお店でね。それ以来たまに通ってるんだ」


 そこは大通りから少し外れた道にあり、静かな店だった。俺達が中に入ると、40歳くらいの店主らしき男性がチラリとこちらを見て、何かを作り始めた。


「エミル、こっちだ」


 兄様は店の一番奥、他の客からは見えにくい席に俺を案内した。


「ここは私の特等席なんだ。何度も来ているから店主も察してくれてね。いつも空けておいてくれる」


 なるほど、それでこの席か。

 多分兄様は、神魔国王子であることを隠していない。ヒシュリム首都カインにおいて、身分を隠せる学校はカイン学園だけだ。他の学校は普通に貴族と一般民で教室が分けられているし、苗字も名乗る。

 つまり、子供の王族がお忍びしている状況なのだ。視線を集めるし、安心もできないだろう。


「いい人ですね。もしかして料理もいつも同じものを頼んでいるのですか? さっき此方を見ただけで何か作り始めてましたが」


「正解だよ。肉の包み蒸しでね、1口食べた瞬間から惚れ込んでしまったんだよ。……あ、来たきた。冷めないうちに召し上がれ」


「美味しそうですね。いただきます」


 出されたそれは、一言で言うと小籠包しょうろんぽう。豚肉を小麦粉で包んで蒸した中華料理。

 けれど小籠包は上部を捻って閉じているのに対し、こちらは完全に丸く包んでいる。


 中を割ると肉汁が溢れだしてきて、暴力的なまでに美味しそうな香りが広がった。

 熱々の包み蒸しは物凄く美味しくて、何個でも食べられそうだ。どうやらダンジョン食材は使っていないようだが、十分満足できる味だった。


「「ごちそうさまでした」」


 2人同時に食べ終わって店を出て、大通りに戻った。


「エミル、そろそろ私は帰らなくてはならない。久しぶりに話が出来てよかった。また手紙をくれるかい?」


 少ししか一緒に居られないと最初に聞いていたが、こんなに早くとは……。兄様、忙しいのに俺と会ってくれたのか。


「もちろんまた書きますよ。忙しいのにありがとうございました。楽しかったです!」


「なに、エミルの為なら、多少の忙しさなぞどこかに飛ばしてくるよ。ここから1人で帰れるかい? 無理そうなら送っていくけれど」


「大丈夫です。少し寄りたい所もありますし」


「そうか。気をつけて帰るんだよ。また会おう」


「はい兄様、また」


 兄様は学商街へ向かい、俺は都民街の奧、教会へ向かった。

 そこで祈って神様に色々聞きたいことがある。神の都合が悪ければ話せないかもしれないが、物は試しだ。寮母のジェンナに聞いておいた道を進み、目的地への歩を進めた。

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